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	<title>藤崎浩太郎 &#187; 河川</title>
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	<description>横浜をもっと元気に！横浜の魅力を世界に！　横浜市会議員（青葉区）藤崎浩太郎公式ホームページ</description>
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		<title>アムステルダムのボトムアップ型都市形成 。市民の声でまちを活かす。</title>
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		<pubDate>Fri, 08 May 2026 09:15:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
		<category><![CDATA[アムステルダム]]></category>
		<category><![CDATA[アムステルダム市]]></category>
		<category><![CDATA[サーキュラーエコノミー]]></category>
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		<category><![CDATA[実験都市]]></category>
		<category><![CDATA[根津幸子]]></category>
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		<category><![CDATA[河川]]></category>
		<category><![CDATA[運河]]></category>

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		<description><![CDATA[要約 アムステルダム市のまちづくりの特徴の1つとして、市民の意見によるボトムアップ型でプロジェクトが実行される点を挙げられます。海軍施設の跡地利用、要塞のレストラン化など、市民の提案に基づいて動き始めた事例があります。「 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/20260406_125314.jpg" rel="lightbox[6603]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/20260406_125314-1024x576.jpg" alt="根津幸子さん" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6611" /></a></p>
<h4>要約</h4>
<p>アムステルダム市のまちづくりの特徴の1つとして、市民の意見によるボトムアップ型でプロジェクトが実行される点を挙げられます。海軍施設の跡地利用、要塞のレストラン化など、市民の提案に基づいて動き始めた事例があります。「ローカルプロフェッショナル」という市民を応援する仕組みがあったり、市民が公共空間を活用するための余白のような関わり方を行政が行っているという点も重要です。また、たくさんの運河があるアムステルダムにおいても、以前は運河は汚れ、街は運河を背にしていたものが、きれいになった近年は建築も運河を向き、市民も川を非常に大切にする都市になっています。</p>
<p style="background-color:#f0f8ff;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
<strong>見出し</strong><br />
　<a href="#1">導入</a><br />
　<a href="#2">運河が生活とともにある街</a><br />
　<a href="#3">川に背を向ける時代から、川に向き合う時代へ</a><br />
　<a href="#4">海軍跡地の再開発プロセス</a><br />
　<a href="#5">サーキュラーエコノミーとまちづくり</a><br />
　<a href="#6">市民が街を使う余白を残す行政</a><br />
　<a href="#7">民と行政と街のボトムアップな関わり</a><br />
　<a href="#8">所感</a></p>
<div id="1">
<h4>導入</h4>
</div>
<p>2026年4月6日、アムステルダム市視察2日目の午後は、アムステルダム在住の日本人建築家、根津幸子さんの事務所にお邪魔しました。根津さんは『アムステルダム　ボトムアップの実験都市』というご著書を2025年7月に出版されていて、アムステルダムの都市開発の歴史、その歴史が育んだ気質や特徴、そしてサステナブルな開発とサーキュラーエコノミーの実践などについてご紹介されています。</p>
<div id="2">
<h4>運河が生活とともにある街</h4>
</div>
<p>オランダは国土が小さく、国土の形成においては、堤防をつくり干拓地をつくり、水をコントロールしてきた歴史があります。近隣のドイツ、フランス、海を挟んだイギリスという大国に囲まれているような環境にあります。小さな国であることで、意思決定に関するレイヤーも少ないせいか、スピーディーな決定や、実験的な取り組み、他の国がやらない先進的な取り組みを実施できるという「実験都市」としての特徴が醸成されてきたのではないかといいます。</p>
<p>水辺と都市に関する特徴として最初に示されたのは、「キングスデー」の日に運河に市民が船を出して楽しんでいる様子です。キングスデーは国王の誕生日をお祝いする、オランダで最も盛大な祝日です。運河一面、川面が見えないほどに、オレンジ色の帽子や服やアクセサリーを身に着けてボートに乗った人たちで一杯になっています。アムステルダム市内にはたくさんの運河があります。国土形成における必要性から都市計画によって形成された運河であり、「アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域」は世界遺産に選出されています。運河にはボートハウスが並んでいたり、休日にはボートで食事を楽しんだりと、オランダには運河を使い倒すようなところがあるそうです。冬の12月から1月には「ライトフェスティバル」が運河を使って行われていて、様々な作品が展開されています。作品は販売されていて、買うことができ、虎ノ門ヒルズで展示されたこともあるそうです。寒さが続くと川面が凍ることがあり、そうなるとスケートをするために人々が川に降りてくるそうです。夏には川沿いで服を脱いで日光浴をしたり、川に入って泳ぐ人もいて、いずれも自己責任、自己判断で行われています。</p>
<div id="3">
<h4>川に背を向ける時代から、川に向き合う時代へ</h4>
</div>
<p>アムステルダムでは無料のフェリーが運行されていて、人も自転車も一緒に乗れて、日頃の交通手段として活用されています。アムステルダム中央駅に接続する形でも船着き場があります。中央駅の地下には4,000台の駐輪場が設けられています。駅の反対側、市内側には、水辺の下に駐輪場が設けられていて、川に入っていくかのような外見になっています。</p>
<p style="background-color:#f5f5f5;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
<strong>藤崎</strong>：川の下に作らないと土地がないからですか。<br />
<strong>回答</strong>：土地はないですね。以前は水上にボートハウスのような駐輪場があったのですが、5年間だけ利用する仮設でも受けられたにも関わらず20年以上運用されてボロボロになり、ちゃんと整備しようとなって、2〜3年前に整備されました。</p>
<p>アムステルダムは干拓が繰り返され、市域面積が拡大してきました。住宅不足と住宅地の拡大を繰り返し、工業地帯の移転なども行われてきた歴史です。第一次世界大戦後には人口急増期を迎え、既存の住宅地と同等程度のボリュームで住宅地を開発する計画がだされ、その後第二次大戦による中断をはさんで、新たなエリアの開発や、既存エリアの立て直しが進められて行きます。当時の市内の運河の写真が残されていて、そこにはゴミだらけの運河の様子が写っていました。戦後のアムステルダムは今では考えられないくらい川が汚れ、利用されるような状況ではありませんでした。</p>
<p>2000年頃の都市開発において、運河の中の島や運河に面する地域の開発が進み、1つの成功をみます。戸建て住宅が運河に接するくらいの高さ、距離で建築され、自家用ボートを係留し、家からすぐボートで出かけられる設計がなされています。著名な建築家による設計で、高級な住宅地になり、水辺の使い方や作り方の好事例となり、別の水辺の開発で参考にされています。別のエリアでは、アイコンになる橋がかけられている事例があり、その橋から川に飛び込む姿が見られるようになっています。この光景、成功が、アムステルダムでも水辺を活用した新たなエリアをうまく作れるのではないか、元工場地帯でも水辺を活用した住居エリアをつくっていけるのではないかとマインドセットされて、水、川を向いた開発が行われるようになっていきます。2010年以降になると、都市計画の際には水辺を活用出来るように、ランドスケープデザイナーが入るようになってきたそうです。</p>
<p style="background-color:#f5f5f5;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
<strong>藤崎</strong>：日本でも例えば渋谷川は暗渠にすることが選択されてきました。生活排水を川に流していたため、川は汚く、臭く、川に背を向けた建物や街の設計がなされてきました。いまでは川が綺麗になり、大阪の道頓堀川も水辺空間の整備がなされるようになっていますが、アムステルダムでも以前は川に向いた設計はそれほどされなかったのでしょうか。<br />
<strong>回答</strong>：されていないです。やっぱり排水でした。一部の運河は下水で使われていた頃があり、時代背景と機能的な使い方は結びつくものがあります。運河に並ぶボートハウスも、市の下水道に接続していないケースがあったものが、2017年には全て繋がり、今は河川がよりきれいになっています。</p>
<p>オランダの都市計画では、最初にボリュームスタディが行われます。どれだけ住戸が入り、どれだけ水が必要でといったことについて、全てデータスケープで出して、1つのブロックごとという形で建築家に仕事が降りてくる段取りになっています。1つの区画ではなく、もっと広いエリアで建築家が関わります。エリアマネジメントについては、日本では開発におけるエリアマネジメントがあっても完成するとなくなったりしていまいますが、アムステルダムでは市役所に担当者・エリアマネージャーが継続的に配置されてコンタクトを取り続けることができるようになっていて、そういう仕組みがあるとまちづくりのあり方が異なっていくのではないかという指摘がなされました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/c522d0f87355b00916c9c79a44601447.jpg" rel="lightbox[6603]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/c522d0f87355b00916c9c79a44601447-1024x576.jpg" alt="根津幸子さん" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6612" /></a></p>
<div id="4">
<h4>海軍跡地の再開発プロセス</h4>
</div>
<p>中央駅前の海軍跡地はトンネルで北側に行く場所として、周辺開発が進められています。最初は水が周囲にあり孤立した場所だったものの、15年ほど前に市民に開かれたのですが、その経緯は一人の女性の気付きから始まっています。当時、駅前の開発によって周辺のレストランなどのお店を閉じなくてはならないとなった際に、「あそこにある緑が豊富な土地は何なのだろうか」という疑問からはじまり、その土地を少し使わせてほしいということから、跡地が市民に開かれるようになり、現在の開発に繋がっています。</p>
<p>ではどうやってこの土地（国有地）をどう使おうかとなっていくと、アムステルダム市がどのようにこの場所を使いたいか、市民はこの場所に高層マンションが建つことが嬉しいのか、買える人がいるのかなど様々な角度からの検討によって徐々に決めていくプロセスが取られていきます。そして15年程まえにはワークショップが開催されています。多様な人が参加し、街の中心地の跡地をどんなエリアにして、どう使いたいかということについて、3つのシナリオ話し合いましょうというといった開発のプロセスが取られています。</p>
<p>アムステルダムでの都市開発は、じっくりと時間をかける傾向があるそうです。運河を渡るために無料のフェリーが運行されていますが、自転車の利用が普及しているなかで、フェリーだけでは賄いきれないため自転車用の橋を整備する必要について、2000年頃から議論が始まっていて、まだ整備されていないという状況です。電気自転車も普及し、隣接するザーンダムから自転車20分でアムステルダムに入れる状況にあり、自転車専用の橋を架けられれば、都市を拡大できるという見方もあります。市としては橋を2本架けたいという考えを持っていて、先に東側に通すという合意があったものの蓋を開けてみたら西側の都市開発が先行していたという状況になっています。その結果、西側に先に橋を架けたほうが良いのではないかという話を建築学会のような団体が進めていたり、市役所もその方向に変えたほうがいいという見方になっているそうです。</p>
<div id="5">
<h4>サーキュラーエコノミーとまちづくり</h4>
</div>
<p>サーキュラーエコノミーについては、市のホームページでオープンソースになっていて、どの建物がサーキュラーエコノミーとして新しく建てられたかといった情報が全て掲載されていて、アムステルダム市は情報を公開することが上手いと評価されていました。</p>
<p>近年はアムステルダムでも豪雨問題が生じていて、雨水の捌け悪いという課題を抱えています。午前中に自転車で訪問した先の中にも、中庭に貯水システムを設けていた事例がありました。アムステルダム市では、道路のコンクリートやアスファルトを一部剥がして、グリーンインフラ化を図っている取組があります。剥がした土の部分には植栽をして、水の浸透をしやすくするとともに、緑化がおこなれています。</p>
<p>また近年は木造の建築物が増えています。10年くらい前はアムステルダム市内での新築物件において、木造建築はおそらく2軒程度しかなかったそうです。住宅不足への対応でたくさんの住戸が新たに建てられ、供給されるなかで、全てをコンクリートで建ててしまうと二酸化炭素排出量が問題になるため、木材の活用が進められています。木材活用の推進目標も立てられてきたそうです。</p>
<div id="6">
<h4>市民が街を使う余白を残す行政</h4>
</div>
<p>ある時根津さんの近所の樹木が突風で倒されて、市役所がその木を取り除いたということがあったそうです。その空いた場所に、市民が池を勝手に作ったそうです。その池を作った住民は、カエルを飼いたいと言って池をつくり、その周りに植栽をしたりしたそうです。市役所はその場所の知覚に自転車を停めるためのスタンドを整備することになり、根津さんは「池は無くなるかな」と思っていたところ、市は池には手をつけずにそのままにしたそうです。</p>
<p>実は池を作っている人たちは、市の予算を少しもらってリサイクルに関する取り組みをしている人たちで、どこの誰が池を作っているのかを市は把握できる状況でした。そのため、池やその周囲はきれいに保たれていて、ゴミが溜まったりすれば問題ではあるもののそうではないうえに、仲間が増えていました。アムステルダム市には「ローカルプロフェッショナル」という考えがあって、市としては市民で何か技量があったり、街を使ってなにかしたいという人をサポートする体制があり、勝手な活動であっても許容し、見守っている状態です。</p>
<p style="background-color:#f5f5f5;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
<strong>藤崎</strong>：日本の場合だと、公共空雲間は皆のものであるがゆえに、誰のものでもなくなるパターンになりやすいですよね。アムステルダムは皆のものだから、誰かが何かをやることに対して、皆で見守れるということですよね。<br />
<strong>回答</strong>：そうですね。そこが違います。「あの人にOKを出して、私もやりたかった」という人が来た際には、「じゃああなたどこか探して」という話になり否定はしないし、「あの人はずるい」にならないですね。</p>
<p>市の周辺には要塞が26か所残されています。戦闘機が普及する前の戦車時代に設けられた施設です。日本のお城のようにお掘りの機構があり、攻められてきた際には水を入れて防衛出来るつくりになっています。この要塞の1つ「ホーフトドルプ要塞」は、一人の建築家と一人の劇場の運営者が、市役所の要塞が空いているようだから使いたいと申し出たところから活用が始まり、レストランやカフェ、劇場として活用されています。市役所も予算がないため要塞の手入れは最低限で行われていましたが、活用したい人が出てきた時に市は見逃さず、全体予算の半分は市が出すので、残りの半分は自分たちで調達することを提案し、フィージブルスタディ（実現可能性調査）に3万ユーロを投じ、7年かけて現在の施設に生まれ変わっています。</p>
<div id="7">
<h4>市民と行政と街のボトムアップな関わり</h4>
</div>
<p>アムステルダム市内にはボトムアップ型の市民参加を可能にし、組織化しているウェブサイト、アプリが複数あり、2019年の調査資料では40の事例が示され、分析されています。市内各地で様々な活動が行われていることがよくわかります。市長も住民からの要望の場に出てくるそうで、例えば住宅不足に対する市民の要望機会があれば、皆さんの意見を受け止めましたということで、しっかりと参加するそうです。市民がボトムアップ型で参加する/できるのも、仕組みだけでなく市長に市民と向き合う姿勢があってこそだと感じます。</p>
<p>今行われているシアター建設の計画では、国際コンペが行われていきます。そのコンペにおいて、どの建築家にデザインをしてもらうかを検討する委員会に、一般市民の公募が行われていて、4名が選出されています。委員会自体は20名程度の方で構成されていて、一般市民4名以外には建築家や市の関係者等が委員に名を連ねています。日本では意見を出す機会はあっても、専門家委員会のような場に市民が委員で参加する機会は多くありませんが、オランダでは市民が様々な意見を出し議論する機会が用意されているプロジェクトがたくさんあるということです。</p>
<p>「WARM HERATS財団」は、湖に浮かぶフローティングサウナを活用した、コミュニティ形成、社会貢献事業が行っています。ソーシャルサウナと名付けられた活動は、自分がどんな地域社会や環境等への貢献をしているかをウェブサイトから投稿すると無料でサウナを利用できます。サウナは6人の定員で、まだ知らないかもしれない5名と一緒にサウナを楽しむことで、社会貢献活動や体験の共有、新たな出会いの創出を意図したプロジェクトです。財団自体の使命として、アムステルダムの人をつなぐことと、人々の孤独の解消が掲げられていて、そのツールがサウナとなっています。</p>
<div id="8">
<h4>所感</h4>
</div>
<p>根津さんのご著書のタイトルには、「ボトムアップの実験都市」という言葉が使われています。今回の視察では著書に書かれていないことを多くご紹介いただきました。様々な事例を伺うと、市民のちょっとした気づきや疑問、希望をきっかけにした市役所へのアプローチが、最終的にしっかりと形になっていることが驚きであり、横浜・日本とは大きく異なりました。誰も想像しなかったような提案を、話も聞かず、話し合いもせず、検討もせずに難しいと断るのではなく、まずは門戸を開き可能性を探っていく作業を、必要な時間をかけながら進めていくことは、簡単なことではないと思います。それでも、そういう習慣や姿勢が社会にも行政にも根付いているからこそ、たくさんの事例が生まれているのだと感じます。</p>
<p>国の歴史や環境、それを踏まえた教育においても、率直に自分の意見を伝えることと話し合いによって決めていくこと、多様な意見の中に重要なアイディアを見出すことを大事にしてきたことが、オランダ視察全体を通じて要所要所で伝わってきました。多様な人種が集まり事業を行ってきたオランダにおいて、意見を明示し話し合い、判断してくことが重要であり、大国に囲まれた小国で、常に水の脅威にも晒されているなかで、様々な意見、アイディアから光明を見出す必要性もあり、実験的に物事に取り組んだり、一人ひとりの意見に向き合い都市を形成するというプロセスが育ったのだと思います。社会が変化し、縮小する社会環境でどうやって市民を守り、都市を発展させていくかと捉えれば、横浜市も危機感をもつ必要がありますし、都市デザイン行政など都市形成に強みを発揮してきた横浜市は、オランダ、アムステルダム市から学ぶことが多いです。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/e9a2914fe5f6a845450ef8a917a44e79.jpg" rel="lightbox[6603]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/e9a2914fe5f6a845450ef8a917a44e79-1024x768.jpg" alt="根津幸子さん" width="1024" height="768" class="alignnone size-large wp-image-6609" /></a></p>
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		<item>
		<title>台風19号の水害被災地での、災害ボランティア報告。</title>
		<link>https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry4370.html</link>
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		<pubDate>Thu, 24 Oct 2019 06:57:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
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		<description><![CDATA[10月23日、台風19号の災害ボランティアのため福島県郡山市を訪れました。これまで東日本大震災や、熊本地震などの災害ボランティアに参加しましたが、水害でのボランティアは初めてとなりました。各地で甚大な被害をもたらした台風 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/3b2487136ac5ed21d671b9bfdf106a06.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/3b2487136ac5ed21d671b9bfdf106a06-1024x576.jpg" alt="ボランティアセンター" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4375" /></a><br />
10月23日、台風19号の災害ボランティアのため福島県郡山市を訪れました。これまで東日本大震災や、<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html">熊本地震などの災害ボランティア</a>に参加しましたが、水害でのボランティアは初めてとなりました。各地で甚大な被害をもたらした台風19号でしたが、特に多量な降水による河川の氾濫被害が大きく、今回は私の故郷でもある郡山市でも阿武隈川水系の逢瀬川が氾濫し、周辺が被災をしました。</p>
<h4>ボランティアセンター</h4>
<p>今回のボランティアも、社会福祉協議会に設置された<a href="https://www.city.koriyama.lg.jp/taihu19kanren/20948.html">ボランティアセンター</a>での受付からスタートしました。いわゆる視察ではなく、完全に一個人での参加です。9時15分頃にセンターに到着。被災から10日が経ち、平日ということもあり、9時30分出発便の受け付け時間には、私を含めて登録者は6名。男性3名、女性3名で班を構成し、ボランティアの要望があった個人宅までマイクロバスで向かいます。バスは中継地点となる集会所まで。集会所には社協のスタッフの方が居て、活動に必要なスコップやバケツ土嚢袋など、必要資材の調達を行います。これから訪問するお宅までは集会所から徒歩12〜3分ほど。6名の班員は歩いて、資材は社協の方が車で運びます。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/b7249f2b55740dac457cd39de196dbd8.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/b7249f2b55740dac457cd39de196dbd8-1024x576.jpg" alt="郡山市ボランティアセンター" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4374" /></a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/b455e62f5f1717ffe750e0390f8c4955.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/b455e62f5f1717ffe750e0390f8c4955-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4381" /></a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/5e55c622fd65853bc17a981b8b97f65d.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/5e55c622fd65853bc17a981b8b97f65d-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4382" /></a><br />
歩いて現場に向かいます。</p>
<h4>1軒目：高齢女性一人暮らし</h4>
<p>1軒目に訪れたのは、78歳の一人暮らしの女性宅。被災から10日ほど経っていたこともあり、お子さんや友人の手伝いも既に入っていて、泥のはき出しや、一部の家財道具の搬出は終わっていました。私達は、畳の搬出や、タンスなどまだ使える家具の移動、床などの掃除を行いました。水を吸った畳はとても重く、男性2人でも持ち上げるのが大変でした。一通り搬出、移動を終えてからは、みんなで床掃除。といっても、畳をはがした後の木の面を雑巾で拭き、泥汚れを落とす作業でした。ここの現場は1時間半程度で終了。</p>
<p>1軒目終了後は、一旦ボランティアの集合場所である地域の集会所へ戻りました。班長は作業完了を社協に報告し、午後のボランティア内容の指示を待ちます。6名のうち2名は午前中のみのボランティア参加でしたので、このタイミングで作業終了。残った4名（女性2名、男性2名）は、持参したお弁当を食べながら休憩をしました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/88af8f6896dc53b9424d666594eab97a.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/88af8f6896dc53b9424d666594eab97a-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4377" /></a></p>
<h4>2軒目：高齢夫婦要支援認定有り</h4>
<p>午後は2軒目のお宅へ。1軒目のお宅の近くで、86歳のご夫婦がお住まいのお宅。お二人とも要支援の認定を受けていて、軽い認知症もあるという報告を社協の担当者から受けたうえで訪問。2階建てのお宅で、1階部分が浸水被害。ボランティア要請があったのは10月16日で、訪問が23日ですから要請から約1週間が経過していました。要請内容としては、泥のはき出し、家財の搬出、家財道具の清掃といった内容でしたが、時間が経っていたこともあり、一部家財は搬出されていて、泥のはき出しも終わっていました。とはいえ、リビングだった場所は、被災から手つかずで、テレビやソファーなどもひっくり返り、本棚なども倒れ、書類も散乱し、どこから手をつけていいか分からないくらいの状況でした。</p>
<p>ここでは、女性チームが不要なものをゴミ袋に入れ、男性チームが大型の荷物と重いゴミ袋を搬出する、という大まかな役割分担が自然にできました。午前中から一緒にいるので、作業効率もあがります。リビングでしたので、契約書類など重要そうな資料もあり、1人がその仕分けを担当し、必要そうなものは残していきます。大きなものの搬出が終わると、全員が細かい処分作業に移行し、最後は床に残った泥のはき出しに、水拭きを行い、家主に報告、確認を行った上で、作業終了となりました。約2時間の作業で、終了時刻は15時5分頃。リビングの作業は完了したものの、台所やお風呂など、まだ作業が必要な場所が残りましたが、15時30分ころには集会所へ戻ることとなっていたので、帰る時間も考慮しての終了となりました。その後は歩いて集会所へ戻り、本部から車のお迎えがきて、ボランティアセンターへ戻りました。センターでは、班長さんが1日の報告を社協に行って終了、解散となりました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/9ad7a6a39b10b587fb38dc3c090543a0.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/9ad7a6a39b10b587fb38dc3c090543a0-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4378" /></a><br />
搬出されたものの山</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/ec55ee9acd9625b923f10aaadec26270.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/ec55ee9acd9625b923f10aaadec26270-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4379" /></a><br />
作業終了後のリビング</p>
<h4>まとめ：感じたこと、考えたこと</h4>
<p>今回は被災家屋へ訪問し、搬出や清掃の作業となりました。水害の被災現場でのボランティアは初めてでしたが、とにかく全てのものが水浸しでした。当然といえば当然なのですが、テレビや電子レンジなどの家電製品も、パッと見ただけでは分からないものの、内部に水が入り込んでいるため、持ち上げると水が出てきたりします。畳も、本も、雑誌も、書類も、座布団も、水を吸っているためとても重いです。たまたま今回の班は男女比が半々でしたが、何度も参加している方の話では、女性だけで作業をすることもあるとのことでした。どうしても女性だけだと力作業が大変で、現場は力仕事が多いので男手が必要とされていましたが、日々のボランティア登録者に男性が多いのか、女性が多いのかは分かりません。</p>
<p>ボランティア作業の需要と供給のマッチングも、難しいところがあるなと思いました。ボランティアセンターで被災者から要請の受付をし、それをシートにまとめて、ボランティア登録者に作業を振り分けていくわけですが、今回のように1週間の時間差が生じることもあります。これはどれだけボランティア登録者がいるかにもよるのでやむを得ないのですが、一方では現場がどう変化しているのかは事前に分かりません。今回も、私達ボランティアは被災者の方からの要請時点での情報のみを持ってでかけるので、思っていたより作業が進んでいたりもしました。また現場が分からないため、力仕事がいるのかいらないのか、作業時間がどのくらいなのか、何名くらい必要なのかも、事前にはなかなか分かりません。ただ、少しでも情報があれば、スタッフや資材のミスマッチを減らすことができるかなと思いました。</p>
<p>高齢者世帯の被災の大変さも、改めて感じました。大型の家具や、水を含んだ被災ゴミは40歳男性の私でもとても重く、家から外へ何往復も荷物を搬出するのは体への負担が大きかったです。特に今回は、86歳とご高齢で、要支援認定受け、軽い認知症があるというご夫婦。センターには、同じ要請の電話が3回あったという話もあり、心配をしながら訪問しました。現時点でどんな支援につながっているのか、私達ボランティアには分かりませんでしたが、トイレやお風呂も使えない状況にあり、1階のリビングは被災時点からそのまま。ご高齢というだけで作業はとても大変ですが、複数の課題を抱えている方をどうサポートするかも現場での判断が必要だなと感じました。作業後集会所では、ご夫婦の様子を社協に伝え、こちらからも継続しての作業支援が必要であることや、お二人の様子、心配事項などを伝えました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_112105.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_112105-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4384" /></a><br />
まだ泥汚れの残る電柱。浸水の高さがわかります。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095927.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095927-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4386" /></a><br />
回収を待つ被災ゴミ。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095749.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095749-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4387" /></a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095548.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095548-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4388" /></a><br />
まだ泥の残りがある場所も。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095515.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/20191023_095515-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4389" /></a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/9a1874b149377b8bfda90a866e7c83d2.jpg" rel="lightbox[4370]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/9a1874b149377b8bfda90a866e7c83d2-1024x576.jpg" alt="台風19号被災" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-4390" /></a></p>
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