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	<title>藤崎浩太郎 &#187; 熊本市</title>
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	<description>横浜をもっと元気に！横浜の魅力を世界に！　横浜市会議員（青葉区）藤崎浩太郎公式ホームページ</description>
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		<title>熊本市議会のデジタル化と高校生議会、主権者教育。視察報告。</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Jan 2025 08:36:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
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		<description><![CDATA[2025年1月20日、横浜市会運営委員会視察で熊本市議会を訪れました。視察項目としては、１．議会におけるデジタル化の推進、２．議会活性化の取組、３．議会運営等の3項目でした。 議会におけるデジタル化の推進 熊本市議会では [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2025/01/20250120_134108.jpg" rel="lightbox[6161]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2025/01/20250120_134108-1024x576.jpg" alt="藤崎浩太郎" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6164" /></a></p>
<p>2025年1月20日、横浜市会運営委員会視察で熊本市議会を訪れました。視察項目としては、１．議会におけるデジタル化の推進、２．議会活性化の取組、３．議会運営等の3項目でした。</p>
<h4>議会におけるデジタル化の推進</h4>
<p>熊本市議会では「SideBooks」（貸与タブレット）と、「LINE WORKS」（個人端末）を活用しています。タブレットについては執行部（行政側）から貸与されているものの、セキュリティの都合上アプリを自由に入れられない、プリントアウトができないといった制約が課されています。利用しづらい側面があるため、議員の個人端末にLINE WORKSをいれて、連絡やオンライン会議、日程調整などが行われています。</p>
<p>デジタル化の契機となったのは熊本地震だったと言います。当時はFAXが中心的に使われていて、避難所との物資のやり取りについてもFAXが活用されていたそうです。そうした状況のなか当時一部の企業から、パソコンやタブレットが避難所等に支援され、デジタル化が徐々にはじめられています。2016年9月の議会活性化検討会からタブレット活用の検討が始まり、2019年6月に本格導入が決定しています。2021年2月にはクラウドの導入（LINE WORKS）が始まっています。</p>
<p>SideBooksの特徴として、会議中に使用している資料や当該ページの通知ができることや、議員に資料提供やお知らせを通知することができることが挙げられています。導入によって、情報伝達の迅速化、ペーパーレス化、資料の差し替えの簡易化、資料の共有の簡便化などが挙げられている一方、印刷ができないことや複数の資料を同時閲覧できないことなどがデメリットとして挙げられています。このデメリット解消のために、LINE WORKSを活用し、個人端末からの印刷等を可能にしています。本会議等の完全ペーパーレス化は2020年9月に取り組まれていますが、予算書・議案書については一部希望議員に配布がなされています（2022年度から議員48人中、会派ごとの希望に応じて16部配布）。</p>
<p>LINE WORKSではドライブにおいて会議資料や報道資料、議会局からのお知らせが共有される他、常任委員会ごとでのトークグループの活用、オンライン委員会でのビデオ通話機能の活用、日程調整や安否確認のためのアンケート機能の活用などに取り組まれています。情報伝達の迅速化や情報共有の円滑化、未読・既読の確認、ペーパーレス化の推進、デジタル化への意識向上といったメリットがあったほか、特にデメリットは無いと捉えられていました。課題としては、既読率の向上とSideBooksの併用のあり方（SideBooksとLINE WORKSの2つを使う手間）が挙げられています。</p>
<h4>オンライン委員会等環境整備</h4>
<p>コロナ禍の2020年12月に会議規則・委員会条例を改定、2021年2月にオンライン委員会運営要項等の制定がなされています。実績としては、2021年に2委員会、2022年に1委員会、合計3回のオンライン委員会の開催が行われています。2023年4月に国において、地方議会のデジタル化促進に関する地方自治法が一部改正され、2024年2月には全国市議会議長会より標準議会規則及び委員会条例について改正がなされ、オンラインによる委員会の取り扱いが「標準」規定とされています。</p>
<p>2024年度に熊本市議会では会議規則及び委員会条例等についての見直し検討に取り組まれ、2024年12月19日付けで改正されています。改正内容の1つとして開催要件が拡充され、コロナ対策のみならず、重大な感染症や大規模災害等でもオンラインでの参加が可能となっています。また対象者も拡大され、従来所属委員に限定されていたものを、参考人・公述人についてもオンラインで意見聴取が可能となっています。</p>
<h4>議会活性化の取組</h4>
<p>地方自治用第100条第12項、熊本市議会会議規則147条第1項に基づき、「議会活性化検討会」が設置されています。2024年度は月に1回程度開催されています。これまでの検討内容としては、例えば一般質問における執行部答弁の追跡調査が挙げられています。答弁で「検討する」「研究する」などの答弁がなされた際に、その後執行部がどの様に対応したのか状況報告を求めるという調査です。その他、一般質問の時間・回数の見直しや、クールビズの実施、議会関係資料における押印の見直しなどに取り組まれています。</p>
<h4>主権者教育の推進に関する決議</h4>
<p>「若者の政治離れ」という課題に対して、若者が議会や議員と触れ合う機会の創出に取り組まれています。方策の1つが「若い世代との意見交換会」です。対象となる学校、学年に対して、市議会や議員等に関する項目について事前のアンケートが行われ、そのアンケートの回答への感想やアンケート内容に対する疑問について、グループ形式で意見交換が行われています。特徴としては、議会に来てもらうのではなく、議長及び議会の広報委員が学校に出向くという出前スタイルで意見交換を行っている点が挙げられます。これまで4か年度、4校に訪問されています（市立千原台高等学校、熊本県立大学、市立必由館高等学校、市立総合ビジネス専門学校）。意見交換後には参加者からアンケートがとられ、議会や議員の理解促進につながっている様子が捉えられています。意見交換会の効果としては、議員を身近に感じ、議員や議会の仕事の理解促進につながり、政治や選挙に対する意識が向上したことが挙げられ、課題としては議会の仕組み等についての説明の充実、今後の展開の仕方、議場見学などその他の取組の検討が挙げられています。</p>
<h4>高校生議会の開催</h4>
<p>2023年8月の「議会活性化検討会」において、「高校生・大学生議会」開催の提案があり、同年9月に「高校生議会」の開催と実施方法についての検討がなされています。検討の中では、（1）議案審議、（2）一般質問、という2つのパターンが検討され、（1）議会審議のパターンでの実施が決定されています。議案審議パターンはテーマが付託され、委員会においてテーマについて議論し、意見の取りまとめ、採択が行われるという、議会審議・意思決定に即した設計となっています。</p>
<p>参加対象となったのは「熊本魅力推進生徒会」参加校から高校生21名とされ、「高校生における国際交流」、「高校生におけるにぎわいの創出」、「高校生における都市交通」の3つのテーマが委員会付託され、議論の後意見の取りまとめがなされています。事後アンケートでは、参加動機としては議会の仕組みを知りたかった、熊本をよりよくするための話し合いに参加したかったということ、参加して感じたこととしては、議会の仕組みを体験し理解が深まった、自分の意見が市のためになるのか考えると感慨深かったなどの意見が出されています。議会として捉えた効果は理解を深め、交流の場になったということ、課題としては市議会についての説明時間が不足していたことや事前周知不足、意見取りまとめや報告書作成等の作業がタイトだったことなどが挙げられています。</p>
<h4>議会運営等について</h4>
<p>横浜市会運営委員会では今年度、議会基本条例の見直し作業が行われています。その中でも議論の1つになったのがクールビズの通年化（服装制限の緩和）です。熊本市議会では2014年第2回定例会からクールビズが導入されて、期間は横浜市会と同様5月1日から10月31日までとされています。横浜市においては議会も、行政もこの半年間のみのクールビズですが、熊本市の執行部では2024年11月1日から軽装勤務の通年化が実施されています。熊本市議会での通年化はまだなされておらず、今後他都市の実施状況を研究し検討を行うこととされています。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2025/01/20250120_133358.jpg" rel="lightbox[6161]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2025/01/20250120_133358-1024x576.jpg" alt="熊本市議会" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6165" /></a></p>
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		<title>熊本市の福祉避難所と熊本地震の経験。視察報告。</title>
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		<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 13:40:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[2022年10月27日は、常任委員会「健康福祉・医療委員会」の視察2日目。後半は熊本市を訪問しました。 熊本市は、2016年4月の熊本地震に見舞われ、大きな被害が発生しました。私も当時、ボランティアにお邪魔させていただき [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/20221027_141926.jpeg" rel="lightbox[5431]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/20221027_141926-1024x576.jpeg" alt="藤崎浩太郎" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5432" /></a></p>
<p>2022年10月27日は、常任委員会「健康福祉・医療委員会」の視察2日目。後半は熊本市を訪問しました。</p>
<p>熊本市は、2016年4月の熊本地震に見舞われ、大きな被害が発生しました。私も当時、ボランティアにお邪魔させていただきました（※<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html">参考ブログ</a>）。当時も「<a href="https://www.city.kumamoto.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=5&#038;id=34579&#038;sub_id=12&#038;flid=287395">福祉避難所等の設置運営マニュアル</a>」は策定されていたものの、いざ発災すると、マニュアルで想定した通りにはならず、たくさんの課題が生じ、2018年8月にマニュアルが改定されています。</p>
<p>福祉避難所等は、「指定避難所等において、避難生活を送ることが困難な高齢者・障がい者・乳幼児その他などの配慮を要する者（要配慮者）」が対象者であると定義されています。身体状況が軽度であれば「福祉避難所」として登録されている、高齢者・障がい者の入所・通所施設等を利用し、重度であれば「緊急入所施設」である介護保険施設、障がい者支援施設に、指定避難所から移ることになります（もっと状態が悪ければ入院）。</p>
<p>福祉避難所等は協定に基づいて施設の指定が行われています。これまで、熊本市老人福祉施設協議会、学校法人銀杏学園熊本保健科学大学、熊本県特定施設入居者生活介護事業者連絡協議会、社会福祉法人熊本県コロニー協会、熊本県身体障害児者施設協議会、公益社団法人熊本県精神科協会、熊本県知的障がい者施設協会、熊本県老人保健施設協会の8団体と協定が締結されています。この協定は、熊本市と各団体の他、「災害ボランティアセンター」を設置する「熊本市社会福祉協議会」の3者による協定になっています。2021年度で、福祉避難所192ヶ所、福祉子ども避難所7ヶ所、合計199施設が指定されています。</p>
<h4>熊本地震で見えた課題と対応</h4>
<p>マニュアルの改定にあたっては、熊本地震で見えた課題とその対応策が整理されていました。</p>
<p>（1）福祉避難所の周知・広報<br />
　＜課題＞<br />
　・指定避難所での生活の不安から、要配慮者が避難を躊躇した。<br />
　・一般の避難者が福祉避難所に避難し、要配慮者を受け入れできない。<br />
　＜対応＞<br />
　・マニュアルや施設一覧を市のホームページ等で公開し、広く周知。</p>
<p>（2）専門性のある人員の確保<br />
　＜課題＞<br />
　・協定施設や施設職員である看護師や介護福祉士等の専門職スタッフも多く被災していたことから、<br />
　　支援者となる専門性のある人材が不足した。<br />
　＜対応＞<br />
　・他都市との連携強化や県社協のマッチング事業の活用により対応。</p>
<p>（3）物資の供給・搬送体制<br />
　＜課題＞<br />
　・体制整備までに期間を要したため、開設した福祉避難所において、水や食糧・生活物資等の不足や、<br />
　　混乱が生じた。<br />
　＜対応＞<br />
　・福祉避難所各区代表施設をハブ施設として、各施設への搬送体制を整備。</p>
<p>（4）福祉避難所の受入可能数の不足<br />
　＜課題＞<br />
　・熊本地震では、協定施設自体が被災していたため、多くの施設において要配慮者の受入が困難であった。<br />
　＜対応＞<br />
　・特別支援学校と福祉子ども避難所に係る協定を締結する等、受入施設の拡充。</p>
<p>こうした課題、対応に基づき福祉避難所等の設置運営マニュアルが改定され、現在は福祉避難所等災害訓練の実施も行われています。一般の避難所から、福祉避難所等への移送も訓練として行われていますが、やはりマニュアルで想定することと、実際に訓練してマニュアルを動かしてみるのとでは異なることもあるようでした。また連絡手段が電話とファクシミリとされている部分に、もっと改善点があるのかもしれないと感じました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/20221027_140406.jpeg" rel="lightbox[5431]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/20221027_140406-1024x576.jpeg" alt="熊本市" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5433" /></a></p>
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		<item>
		<title>避難所毎の担当職員制と、職員のこころの健康。熊本市の震災対応。</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Oct 2017 14:25:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
		<category><![CDATA[こころの健康]]></category>
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		<description><![CDATA[10月26日、横浜市会「政策・総務・財政委員会」の視察で、熊本市を訪問しました。目的の1つは、熊本地震発生後の市職員のメンタルヘルスについてと、もう1つは震災復興計画について。 こころの健康に関するアンケート 平成28年 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05090.jpg" rel="lightbox[3453]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05090.jpg" alt="藤崎浩太郎" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3458" /></a></p>
<p>10月26日、横浜市会「政策・総務・財政委員会」の視察で、熊本市を訪問しました。目的の1つは、熊本地震発生後の市職員のメンタルヘルスについてと、もう1つは震災復興計画について。</p>
<p><strong>こころの健康に関するアンケート</strong></p>
<p>平成28年4月14日の前震、16日の本震という、震度7を超える大規模な地震が熊本で発生し、市職員はその対応にあたります。19日には救護所が市役所に設置され、怪我や体調不良への対応にあたり、19日には「数日経った頃の心のケア」、21日には「1週間のこころのケア」として、ストレス等への対応方法が周知されます。精神科医等による巡回相談や、メンタルセルフチェックの案内などがその後行われていきます。その一方で、復旧・復興のために昼夜にわたって不規則な勤務と、長期間の継続勤務により、職員の精神的な負担の蓄積と、それによる心の不調を訴える職員が増加することが懸念されていました。</p>
<p>そこで5月6日に「災害時のこころの健康に関するアンケート」が実施され、職員の心身状態や、被災状況の把握が行なわれます。対象となったのは、8,982名の職員（県費教職員と市民病院職員を除く全職員）。アンケートの有効総回答者数は5,023人で、56%ほど。この内、612名（約12％）が、うつ状態やPTSDの傾向にあることが判明します。判明した職員や、それ以外でも面談が必要と判断された職員には、産業医や、保健師等による面談を実施。それぞれの状況に応じて、カウンセラーへの面談の勧奨、医療機関への受診勧奨、セルフケアのやり方の指導、などが行われます。合わせて所属長に対しては、休暇の取得促進、時間外勤務の抑制、災害対応業務のローテーションへの配慮、などの助言が行なわれます。面談後も継続的なフォローが行なわれたそうです。産業医による現場訪問では「うつ状態」や「PTSD」になる可能性が高い要因として、（1）避難所になっている施設に勤務する場合、（2）市民対応でこころ無い言葉を浴びせられた場合、（3）所属部署の管理職が、部下に対して配慮がない場合、（4）所属部署内の業務量に職員間で大きな差がある場合、の4つが明らかになります。こうしたことから、管理職が職員の状況を把握し、負担の偏りが生じないようにすることや、職場全体で気遣いやこころのケアに取組むことの重要性が認識されるようになります。</p>
<p>震災から1年経過した平成29年4月にも、1年後の状況把握のためにスクリーニング調査が行なわれています。全職員対象に行なわれ、回答者は1,816名。そのうち、「うつ」または「PTSD」の疑いがある判定された方は130名（7.2%）でした。判定された方に対しては、本人への通知の他、産業医やカウンセラーへの面接指導の勧奨が行われ、面談の結果必要があれば、医療機関への受診勧奨や、管理監督者や人事担当部門に対して、就業上の措置の必要性が進言されています。</p>
<p><strong>熊本市震災復興計画</strong></p>
<p>平成28年10月には、熊本市復興支援計画が策定されます。基本方針として、</p>
<p>１．避難から復旧、そして、74万市民が総力をあげ明日を見据えた復興へ<br />
２．「安全・安心」と「元気・活力」、そして「地域経済」の回復に向けた効果的かつ迅速な市政展開<br />
３．市民・地域と行政が協働で支える安全・安心で「上質な生活都市」の創造</p>
<p>の3つの方針が掲げられ、復興重点プログラムとして、</p>
<p>①一人ひとりの暮らしを支えるプロジェクト<br />
②市民の命を守る「熊本市民病院」再生プロジェクト<br />
③くまもとのシンボル「熊本城」復旧プロジェクト<br />
④新たな熊本の経済成長をけん引するプロジェクト<br />
⑤震災の記憶を次世代へつなぐプロジェクト</p>
<p>の5つのプロジェクトのもと、個別施策が年度毎に予算化され、復興が進められています。熊本市復興支援計画の詳細は、こちら(<a href="https://www.city.kumamoto.jp/hpKiji/pub/detail.aspx?c_id=5&#038;id=13968&#038;e_id=9">熊本市復興支援計画</a>)からご覧いただけます。</p>
<p><strong>避難所毎に担当職員を固定</strong></p>
<p>今回の視察で気になっていたのは、昨年の5月に避難所を訪問した際、多くの被災者の方から伺った</p>
<p style="background-color:#f5f5f5;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
❝避難所から聞かれた行政の問題は、市職員が1名いるものの、日替わりで毎日違う職員が来ること。現場のことを理解したり、そこで生活する人と関係性を深めることができずに、回っていくだけ。本当に必要な支援には結びつかない❞（※「<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html">熊本市の避難所と、ボランティアセンター。</a>」2016年5月6日）</p>
<p>という課題への対応です。現状どのように対応が進んでいるか伺ったところ、「避難所運営委員会」が設置されていました。運営マニュアルも発行されています（<a href="https://www.city.kumamoto.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=5&#038;id=1368&#038;sub_id=8&#038;flid=111267">事前準備編</a>・<a href="https://www.city.kumamoto.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=5&#038;id=16233&#038;sub_id=1&#038;flid=110465">開設運営編</a>）（※事後確認）。横浜で言うところの、地域防災拠点運営委員会と同等なものと見受けられます。運営委員は自治会長や民生委員、学校が避難所の場合は教職員、そして市職員が4名程度張り付きとなるそうです。市内には避難所が180〜200あるとのことで、600名ほどの職員が、どこかの避難所の担当として定められているとのことでした。この4名の職員は、できるだけ避難所に近いところに居住する人が選ばれていて、発災時のみならず、日頃の防災訓練などの地域活動にも参加し、地域の方々と交流を行っていくことになっているということでした。</p>
<p>この職員を地域に張り付けて防災にあたるという方法は、以前視察を行った佐久市での取組にも似ています（※「<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2819.html">自治会ごとに2名の市職員配置。佐久市の防災減災。</a>」2015年11月12日）。横浜市では防災目的ではありませんが、連合町内会毎に2名の担当職員を配置する、「地区担当制」という取組があります。上述のメンタルヘルスの問題においては、「（2）市民対応でこころ無い言葉を浴びせられた場合」という要因が挙げられています。職場の中での気遣いなども求められていましたが、市民と職員との信頼関係をいかに構築できるか、という点も重要ではないかと考えます。発災後の混乱の中で、市職員の皆さんも困難な中現場に当たられていたと思います。一方では毎日違う職員が来て、課題の共有も、現場を知ってもらうこともできない、避難所の市民の皆さんが思う気持ちも、もっともです。担当制を敷けば全てが解決する、というわけではありませんが、日頃から信頼関係を築いておければ、困ったときもお互いの立場に立ったコミュニケーションをとることができるのではないかと考えます。そうすれば、より良い共助、公助につながるのではないかと考えます。そのためには、どれだけ日頃の交流をはかれるかが、重要なポイントになりそうです。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05085.jpg" rel="lightbox[3453]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05085.jpg" alt="熊本市役所" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3459" /></a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05086.jpg" rel="lightbox[3453]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC05086.jpg" alt="熊本市" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3460" /></a></p>
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		<title>１年後の熊本地震。仮設住宅とコミュニティと経済的自立。</title>
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		<pubDate>Fri, 05 May 2017 09:33:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
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		<category><![CDATA[西原村]]></category>

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		<description><![CDATA[5月2日、1年ぶりに熊本を訪れました。1年前には避難所を訪問したり、ボランティアを行ったりしましたが、今回は1年前のご縁から、益城町や西原村、南阿蘇村の現状について、現場を拝見し、関わっている方々からお話を伺いました。  [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03736.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03736.jpg" alt="阿蘇大橋" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3255" /></a></p>
<p>5月2日、1年ぶりに熊本を訪れました。1年前には避難所を訪問したり、ボランティアを行ったりしましたが、今回は1年前のご縁から、益城町や西原村、南阿蘇村の現状について、現場を拝見し、関わっている方々からお話を伺いました。</p>
<p>（※参考：1年前の訪問記「<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html">熊本市の避難所と、ボランティアセンター。</a>」）</p>
<p>====================<br />
＜目次＞</p>
<p><a href="#1">１　仮設住宅の現状と課題、経済的自立</a><br />
　課題1:仮設住宅におけるコミュニテイ<br />
　課題2：支援の差<br />
　課題3：解体撤去と、経済的自立</p>
<p><a href="#2">２　避難所とコミュニティ</a><br />
　（１）集落単位でスペースを仕切った、避難所運営<br />
　（２）支援物資の配布</p>
<p><a href="#3">３　企業の挑戦</a><br />
　（１）地獄温泉 清風荘<br />
　（２）シングルマザー支援</p>
<p><a href="#4">４　まとめ</a><br />
====================</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18236461_1145485815595627_240843460_o.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18236461_1145485815595627_240843460_o.jpg" alt="くまもと友救の会" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-3256" /></a><br />
くまもと友救の会の方からお話を伺う様子</p>
<div id="1"><strong>１　仮設住宅の現状と課題、経済的自立</strong></div>
<p><strong>課題1:仮設住宅におけるコミュニテイ</strong></p>
<p>益城町では、仮設住宅で支援活動を行う「くまもと友救の会」。代表の松岡さんにお話を伺いました。<a href="http://www.town.mashiki.lg.jp/kihon/pub/detail.aspx?c_id=138&#038;id=786">益城町には18ヶ所の仮設住宅</a>があります。その中には、2つの大規模仮設住宅団地と、16の小規模仮設住宅団地という、2種類の規模があります。大規模仮設住宅団地は約500戸と、約200戸の2ヶ所。小規模は、6戸〜82戸という規模になっています（2017年5月2日現在）。その他に、「みなし仮設」という民間の賃貸住宅に入居している方もいらっしゃいます。</p>
<p>仮設住宅の入居募集は、2016年5月〜6月に第1次募集、同6月〜7月に第2次募集と、段階的に募集が行われ、抽選結果に基づき入居が行われていきました。第1次の頃は、自宅の全壊などで家に帰れなかった人、避難所で生活していた人が申し込み、第2次の頃には半壊や、離れた親戚の家に一時的に避難していた人が申し込むという傾向があったそうです（ルールとして決まっているわけではない）。第1次の頃は、ある程度同じ地域の方々を、1つの仮設住宅団地にまとめることができていたそうですが、2次以降となると、入居者の状況が異なり、元々住んでいた地域などでまとめての入居が難しくなったそうです。結果として、仮設住宅団地のコミュニテイに影響が出ていきます。</p>
<p>元々の地域のつながりが継続された団地においては、人間関係が築きやすく、コミュニテイが形成され、団地自治会などもスムーズに形成されたと言います。一方では、地域の繋がりが薄い団地では、自治会長のなり手もなかなか居なかったり、自治会のまとまりが無かったりと、コミュニティ形成に課題が生じたと言います。</p>
<p><strong>課題2：支援の差</strong></p>
<p>大規模と小規模では、支援にも差が生じていると言います。大規模団地は生活している人が多く、様々な取り組みを行いやすく、メディアが入ることも多いようで、物資や情報も集まりやすく、運営についても上手に回っているといいます。益城町社会福祉協議会では、「<a href="https://www.mashiki-saigai.info/sasaeai">益城町地域支え合いセンター</a>」を設置していて、「被災された方々の安心した日常生活を支えるために、NPOと協働で巡回訪問による見守り・相談・生活支援・地域交流の促進・介護予防などの総合的な支援体制に取り組んでいます」（益城町地域支え合いセンターWebサイトより）。このセンターは、2ヶ所の大規模団地にはそれぞれに委託を受けた団体（キャンナス熊本、熊本YMCA）が常駐しています。大規模においては、センターや自治会が協力して、生活者の支援を行える体制が築かれています。一方で、小規模は露出も少なく、認知が低く、支援の手が入りにくい状況にあるといいます。センターも常駐体制には無いため、友救の会のような支援団体が、各小規模団地を支援しています。</p>
<p>仮設住宅団地の自治会の連合会も設けられています。各団地が単独で動くのではなく、全体で協力し、意見を集約して、行政に伝えようという趣旨で設けられています。しかしながら、運営に課題があるようで、小規模の自治会長があまり出席しなかったり、小規模の意見が集約されづらいといた課題も生じているそうです。そもそも自治会が十分に機能していない所があるものの、その自治会を支援している団体は連合会の会議には出られないという課題もありました（参加者が自治会に限られるため）。</p>
<p>また、みなし仮設はそもそも集合して居住していないため、一層支援が届きづらい状況にあるといいます。「<a href="http://yokatainet.com/">よか隊ネット</a>」という民間支援組織が、益城町社会福祉協議会の委託を受けてみなし仮設住宅の居住者への支援を行っていますが、全てのみなし仮設を回るには、1年を要するような規模にあるため、仮設団地、とくに大規模のような支援をみなし仮設に行なうのは、困難な状況にあるといいます。</p>
<p>行政や社協、仮設団地の支援団体等が参加して、「益城がんばるもん会議」という各団体の連携、情報共有を行なう会議も設けられています。震災直後の発足時には、週2回ペースで開催されていたものが、現在では月に2回程度まで減少しています。そのため、継続している支援活動について、支援団体間での活発な協力関係が作りづらくなっているといいます。頻繁に情報共有ができていれば、各団体のノウハウやリソースの共有、お互いができないことの支え合いなどが可能だったものの、現在の開催頻度だと、情報共有すら十分にできないという課題もありました。この課題に対しては、支援団体が入居・利用可能な、共同オフィスがあれば、常にそこに集まれて、時間や場所を決めてわざわざ集まる必要が無くなり、情報共有が随時可能になり、支援団体相互での支援も可能になるのではないかと、考えられていました。</p>
<p><strong>課題3：解体撤去と、経済的自立</strong></p>
<p>1年前に訪問した際にも、既に「経済面での自立がなければ復興はない」と考えて、活動をされている方々がいらっしゃいました。現在の益城町でも、この経済的自立が課題となっていました。被災した家屋の解体撤去が続いている段階にありますが、解体事業を受託する企業の多くが県外の企業。そして実際に作業を行なうのは、2次、3次の下請け業者となっているそうです。更に、解体現場に実際に来るのは職人さん1人だったりして、その作業を手伝うために、地元の人が雇用されたりしている実態があるといいます。そうなると、地元で雇われている人達の賃金は、どうしても低くなってしまいます。全体で見れば、復興にかかる費用が地元経済に落ちず、県外に流出してしまっているという状況にありました。</p>
<p>こうした課題に対して友救の会の松岡さんは、株式会社UQテックを起業します。初めは2016年7月の公費解体開始時に、個人事業として解体工事の請負を開始します。その後10月に、株式会社として設立しています。松岡さんは、元々は兵庫県出身。阪神淡路大震災の被災者でもあります。熊本に来る前、建設関係の仕事をされていて、震災の数ヶ月前に熊本に移りする前は、愛媛県で仕事をされていらっしゃいました。熊本に来てからは、建設関係のコンサルタントとしてビジネスを行っていたという経歴の方。こうした経歴を活かして、UQテックの設立となります。現在UQテックでは15名の地元の方を雇用し、解体工事の請負を行っています。地域の他の企業からは、「人手不足の中どうしてそんなに雇えるんだ」という声もあるそうですが、一般的に見て高い賃金を支払っていると言います。同様に「賃金が高すぎる」という指摘もあるそうですが、松岡さん自身はこれまで役員報酬を一度も受け取らず、また従業員の方には賃金の未払いもなく、ここまで続けていらっしゃいます。ゆくゆくはUQテックを、地元の方に譲って、地元の方の手で経営できるようにさせたちいという、ビジョンをお持ちでした。</p>
<p>自立という面では、個人個人の気持ちを、支援を受けることの慣れから、どうやって前向きに、「受けた支援をどうやってこれからに活かしていこうか」という気持ちに転換できるかどうかも、重要だという指摘が、今回のお会いした方々から何度もありました。友救の会が運営している支援物資の提供拠点があります。国際連合世界食糧計画（WFP）から提供されているテント内に、紙おむつや下着、水などといった日用品から、食器、冷蔵庫、タンスなどが、町内各所から集められています。いわゆる支援物資として、他所から提供された物の他、家屋の解体などに伴って、不要となった家具類も提供を受けています。このテントを訪れれば、誰でも欲しいものを持って帰ることができます。でも、条件があります。週2回の決まった日に、事前に予約をして、テントまで来て、自分で持って帰る、という条件です。被災直後は、避難所各所に物資が集まり、生活圏内で欲しいものを、無料というだけでなく、様々な手間もなく入手可能でした。現在は仮設住宅等に移り、個人個人が自立した生活に移行していく状況にあります。そうした中で、「予約をする」、「車などを手配して自分で行く」という手間を設けることで、「自分で行動する」という、自立へのステップにしてもらいたい、という考えで、こうした運営が行われていました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03682.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03682.jpg" alt="くまもと友救の会" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3257" /></a><br />
テント内の支援物資の様子</p>
<div id="2"><strong>２　避難所とコミュニティ</strong></div>
<p>西原村では村役場にお邪魔して、企画商工課でお話を伺いました。西原村は熊本市から見ると東方面、益城町の北東部に位置します。人口は7,000人弱の山間部の村です。2016年4月16日の本震（14日は前震）では、西原村と益城町が「震度7」を観測しています。村内には、小学校が2校、中学校が1校あり、発災後はそれぞれが避難所になりました。今回はその内、山西小学校の避難所のお話を伺いました。</p>
<p><strong>（１）集落単位でスペースを仕切った、避難所運営</strong></p>
<p>私が熊本市に1年前に訪問した頃は、ゴールデンウィークでもありましたが、GW明けには学校を再開しようという時期にあり、避難所では教室で避難生活を送っていた方に、体育館へ移ってもらう作業が行われていた時期でした。山西小学校でも同様に、避難者を体育館へ移動してもらわなければならない、という状況にありました。ところが、既に体育館にはおよそ200名、教室にはおよそ100名の方が生活されていましたが、体育館には250名しか入れません。そこで避難者へアンケート調査を行い、帰宅可能な方の帰宅を促します。その結果、無事250名の定員内に収まる230名まで、避難者を減らすことができたそうです。山西小学校が立地する周辺は被害が小さく、学区内の遠くのほうが被害が大きいという状況があったといいます。そのため、学校近くの被害が小さい地域の方が先に避難所に集まり、離れた地域の方が後から避難所に集まることとなり、教室には被害の大きな方が避難されているという状況があったそうです。</p>
<p>避難所となった体育館には、ステージから体育館入口まで1本縦方向の太い通路と、4ヶ所ある非常口を結ぶ2本の横方向の通路が設けられ（カタカナの「キ」の様な構造）、通路で仕切られたブロック内には、集落ごとに居住エリアを定めて、それぞれが仕切られるように工夫されました。一部はダンボールベッドを入手できたため、高齢者が優先的にダンボールベッドを利用し、トイレ等に出やすいようダンボールベッドを通路側に並べます。通路側にダンボールベッドが並べられることで、それ自体を仕切りとしても機能させていたそうです。集落ごとに居住スペースを設けることで、顔見知り同士安心して生活ができ、避難所内のコミュニティもスムーズに回ったと言います。避難所の運営には、掃除や配膳、洗濯機の使用などに班を編成されていましたが、班の運営を集落ごとに割り振ることが可能であったことが、スムーズな運営につながったといいます。</p>
<p><strong>（２）支援物資の配布</strong></p>
<p>避難所で課題となるのが、支援物資の配布です。山西小学校では、各世帯にどんどん配布していくという方法が取られました。当時支援団体に対して、押し入れに入れるような衣装ケースの提供を依頼し、100個入手します。このケースを避難所の各世帯に配布します。長崎からお米5kg入りが200袋届いたり、佐賀県から海苔が大量に届いたりするたびに、各世帯に配布し、ケースに入れていきます。トイレットペーパーなどの日用品も、避難所で使い切れないものを、どんどん各世帯に配布し、ケースに入れていきます。避難所での生活では使い切れないものの、避難所を出て仮設住宅等に移る際に、このケースをそのまま持って行けるため、仮設住宅等での新しい生活で、支援物資が活きることになります。支援物資はもちろん限りがあるため、避難所で生活している人を優先したそうです。自宅で生活できる人には何もしなかったわけではなく、1ヶ月に合わたって断水が続いたということもあり、水と食事の提供は、地域の全ての人に対して行われました。ちなみに、西原村内にはダムがあり、水源地ではあるものの、断層により水道管が破損してしまったため、水道に復旧に時間を要することになりました。</p>
<p style="background-color:#f5f5f5;border:1px dotted #f5f5f5;padding:5px;">
※西原村の被災概要<br />
2016年4月14日（木）21:26　M6.5　震度6弱<br />
　　　 4月16日（土）  1:25　M7.3　震度7<br />
・被害状況：<br />
　死者8名（関連死3名含む）、負傷者56名（内 重傷者18名）<br />
　家屋・建物被害：全壊513棟（20.8%）　半壊以上1,370棟（55.6%）、発行数2,466棟<br />
                                                       （2017.3.31時点）<br />
　解体状況：申請数　1,692棟（86.6%）<br />
　　　　　　※解体進捗　1,469棟完了（内訳：公費683棟/自主786棟）（2017.3.31時点）<br />
　仮設住宅：小森仮設団地　全312戸（木造50/プレハブ262）内302戸に296世帯829名が居住<br />
　　　　　　みなし仮設　村内外に179世帯516名が居住　（2017.3.31時点）</a></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18261104_1145485755595633_1735328311_o.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18261104_1145485755595633_1735328311_o.jpg" alt="西原村役場" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-3259" /></a><br />
西原村役場でお話を伺う様子</p>
<div id="3"><strong>３　企業の挑戦</strong></div>
<p><strong>（１）地獄温泉 清風荘</strong></p>
<p>南阿蘇村の「<a href="http://jigoku-onsen.co.jp/">地獄温泉 清風荘</a>」さんは、地震の被害だけでなく、2次災害である土石流の影響を受けた旅館です。鳥帽子岳という人里離れた山の中に位置し、灰白色のにごったお湯は、200年以上に渡り湯治場として愛されてきた温泉です。4月16日の本震後、明治中期に建てられた本館など、いくつかある建物に歪みが出るなどの被害があったものの、源泉が途絶えること無く、入浴施設も無事で、建物の復旧が進めば、営業再開が可能な状況にあったといいます。ところが6月20日、豪雨が襲います。大規模な土石流が発生し、清風荘の建物を飲み込み、元湯を埋め尽くしてしまいました。そうした中でも、本館自体は土砂が入ったものの建物は無事で、すずめの湯という、入浴施設も無事でした。</p>
<p>1年近く経った今でも、敷地内は土砂が覆っています。それでも、本館内はボランティアの方々の力で土砂が取り除かれています。秘湯とも言えるような、山奥へ向かう道路も、未だ復旧途上ですが、5月8日から8月いっぱい通行止めになりつつも、県道の復旧の目処が立ってきています。また一部建物の公費解体が、9月から年内いっぱいにかけて行われることも決まったとのことです。200年の歴史ある温泉を、次の歴史に繋いでいくために、まずは日帰り入浴を一刻も早く再開できるように取り組みながら、建物を復旧し、宿泊での営業を再開しようと、意欲を燃やされていました。</p>
<p>（※参考：<a href="http://8bitnews.org/?p=9256">熊本南阿蘇村の「地獄」で見た希望。兄弟たちの奮闘を知ってほしい。</a>8bit news）</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18318133_1145485615595647_1331568925_o.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18318133_1145485615595647_1331568925_o.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-3262" /></a><br />
清風荘でお話を伺う様子</p>
<p><strong>（２）シングルマザー支援</strong></p>
<p>その他にも、シングルマザーの経済的な自立への課題も聞くことができました。そもそも、雇用が少なくなっている中で、子どもを育てながら、安心して働ける環境をどう作っていけるか。特に、震災という大きな影響を心身ともに受けたことや、働きたくても働く機会がなくなっていることなどから、「やる気」を失ってしまうケースが増えてきているといいます。仮設住宅で暮らし、支援物資があることで、生活はできる環境にある。そうしたことが、前向きに何かをやろうという意欲を奪ってしまっているそうです。被災地ではなくても、ひとり親家庭の支援や、シングルマザーの雇用・所得の問題は、大きな課題として取り組みが行われています。被災地熊本においては、一層困難な課題になっているようです。</p>
<div id="4"><strong>４　まとめ</strong></div>
<p>今回の訪問で伺った内容を端的にまとめるとすれば、</p>
<p>（１）避難生活におけるコミュニティ形成・活動の重要性<br />
（２）「復興」には地元経済の自立、個人の経済的自立が必要</p>
<p>という、大きく2つの内容になります。この記事にはまとめられていないものの、他にも様々なお話を伺いましたが、異口同音にこの2つについて語られました。1年前に避難所を訪問した際には、「不安」の声を沢山聞きました。発災後間もない時期でしたから、余震も多く発生し、ふとした瞬間に本震の恐怖を思い出すことがある、という話を伺いました。そうした時に、誰も知らない人たちの中で生活するよりも、地域の繋がりが維持された環境で生活できるようにしていく。生活している人たちが支え合える環境を、仮設住宅においても維持できるように、コミュニティ形成を意識して入居を進める。仮設住宅団地内での活動を通じて、少しずつ自立への歩みを支援していく。こうしたことは、発災後急には判断できないでしょうし、事前に意識しておくことが可能ですから、行政等が準備を進めておくことが可能な対応策だと考えます。もちろん、マニュアル通りに進められるとは限りませんが、知恵を出し合って活かさない手はありません。</p>
<p>経済的な自立については、企業や雇用という視点と、個人のモチベーションや、個人を支える環境に関しての指摘がなされました。個人個人を、「支援物資」頼みの生活から少しずつ抜け出せるように支えていく。地域経済が回るように、市内、県内、域内の企業が復興に係る事業をできるだけ受けられるようにしていく。そうする中で、被災者がまた仕事を得られる機会を創出していく。阿蘇においては、地域ブランディングと観光による、経済の創出についても言及がありました。横浜や首都圏での被災は、熊本の状況とは異なるでしょう。被害状況も、経済的な環境も異なります。とは言え、発災直後から経済的復興への道のりがスタートするとも言えます。まずは、市民ひとりひとりの生活を守る。そのためには、最初に食事や住居の問題を解決することがあり、生活の確保はすなわち、自立への道のりを、経済の復興への道のりを、スタートさせるためのものでもあります。</p>
<p>1年前を振り返りながら、今回の熊本訪問となりました。どこが震源地となり、どんな規模で発生するのか、どんな被害が生じるのかは、各自治体において様々な想定が行われていますが、実際には起きてみるまでわかりません。様々な関係団体、関係者が、万が一に備えた、訓練や備蓄、計画づくり等を行ってきています。全てが準備できて、全てが想定内に収まるということは無いでしょう。それでも、近年の震災、被災状況から学び、次の被災に備えていくことは重要です。生命を守り、生活を守るために、今まで経験している他の地域の事例を、当事者や現場から学び、次の震災へ活かせるよう、優先順位とともに対応を想定していく必要があります。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03686.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03686.jpg" alt="くまもと友救の会" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3264" /></a><br />
WFPのテント</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03707.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03707.jpg" alt="DSC03707" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3265" /></a><br />
左側の建物が明治中期からの本館</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03718.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03718.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3266" /></a><br />
大量の土石流が流れ込んだまま</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03725.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03725.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3267" /></a><br />
露天風呂の施設も傾いたまま</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18260919_1145485758928966_1617516173_o.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18260919_1145485758928966_1617516173_o.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-3270" /></a><br />
温泉は潤沢に湧き続けている</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18318002_1145485808928961_1385158758_o.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/18318002_1145485808928961_1385158758_o.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-3283" /></a><br />
歩き回りながらご説明頂きました</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03697.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC03697.jpg" alt="地獄温泉清風荘" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-3268" /></a><br />
清風荘周辺の道路</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC_0748.jpg" rel="lightbox[3245]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/DSC_0748.jpg" alt="大観峰" width="640" height="360" class="alignnone size-full wp-image-3285" /></a><br />
大観峰からの阿蘇五岳</p>
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		<item>
		<title>熊本市の避難所と、ボランティアセンター。</title>
		<link>https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html</link>
		<comments>https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 06 May 2016 08:08:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
		<category><![CDATA[ボランティアセンター]]></category>
		<category><![CDATA[地震]]></category>
		<category><![CDATA[横浜市]]></category>
		<category><![CDATA[炊き出し]]></category>
		<category><![CDATA[熊本地震]]></category>
		<category><![CDATA[熊本市]]></category>
		<category><![CDATA[熊本市社会福祉協議会]]></category>
		<category><![CDATA[避難所]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fujisakikotaro.jp/?p=2974</guid>
		<description><![CDATA[5月2日、3日と1泊2日で熊本市を訪れました。今回の目的はボランティアセンターを通じてボランティアに参加すること。そして、都市部での被災について現場の状況を知ること。 5月2日　避難所訪問 初日、飛行機にて熊本空港へ降り [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>5月2日、3日と1泊2日で熊本市を訪れました。今回の目的はボランティアセンターを通じてボランティアに参加すること。そして、都市部での被災について現場の状況を知ること。</p>
<p><strong>5月2日　避難所訪問</strong></p>
<p>初日、飛行機にて熊本空港へ降り、バスにて熊本市内へ。最初に向かった先は、熊本市社会福祉協議会が開設している、<a href="http://www.kumamoto-city-csw.or.jp/">ボランティアセンター</a>（熊本市中央区花畑町7−10）。事前にHPで確認していたものの、9時前から始まる受付は、受付人数が上限に達するとHPでなどで示されている受付終了時間を待たずに受付を終了する状況にあり、この日は私が到着した時点で1,000名程度のボランティアを受付て、終了。GW中は、阿蘇市や益城町など周辺の自治体は、県内や市内在住者にボランティア受付を制限していました。熊本市だけはそうした制限をしていなかったため、熊本市の社協にボランティアがある程度集中したと考えられます。</p>
<p>残念ながら初日は災害ボランティアに参加することができなかったので、市内の様子を見に回ることにシフトしました。まず向かったのは、徒歩で行ける範囲にあった熊本市役所。1階には罹災証明書の受付が設けられていて、長い列になっていました。各窓口も既に動いているようで、多くの方が窓口で待っていましたが、大きな混乱があるようには見受けられませんでした。あまり邪魔してはいけないなと思い、隣接する市議会事務局へ。身元を伝えながら挨拶をし、不躾ながら所避難所を教えていただきました。</p>
<p>1カ所目に訪れたのは、A小学校。70名ほどが避難生活を送っていました。特にアポも無く勝手に訪問をしたわけですが、自己紹介をしながら避難所のまとめ役である方からお話を伺いました。まとめ役の方自身も被災し、家は住める状態ではなく、この避難所に滞在されています。A小学校は奇跡の避難所とも呼ばれ、熊本地震での避難所のモデルケースとなっているという場所。近くに商業地区があり、飲食店のオーナーなども当初集まった避難所。商店会長など人的ネットワークが豊富な方が集まったこともあり、発災の翌日からそのネットワークを生かして支援物資が届き始めていたと言います。市役所から物資が届き始めるには4〜5日かかったということですから、その早さがわかります。各避難者のベッドはダンボールで設けられ、仕切られていましたが、このダンボールも自前で手配したといいます。それぞれのダンボールには、色と番号によって区画が整理され、人の出入りなどが分かりやすくされていました。</p>
<p>A小の避難所では、避難者の自立を促すことを意識しているといいます。家に問題がなければ、できるだけ帰宅してもらう。そのために、家の中の片付けも一緒に手伝う。発災から3週間近く経過していた時点でもあるので、バスや鉄道も運行していましたし、コンビニやスーパーだけでなく、多くのお店が営業を開始していました。必要な物は支援物資に頼るのではなく、お金があればできるだけ食事や買物は外で済ませるようにしようと、促していました。強く意識されていたのは、経済が回っていかなければ、本当の復興にはならないということ。支援物資も沢山あり、在庫も抱えていましたが、いつ来るかもしれない3回目の大きな地震にも備えられていました。</p>
<p>私が訪れた時点では、お店だけでなく、会社も再開していたので、日中は避難所にはほとんど人が居ない状況でした。寝泊まりは避難所でしても、日中は仕事に出かけたり、家の片付けに帰ったり、散歩に出かけたりされています。単身の高齢者も多く、1人で家で夜を明かすのが不安で避難所にいる方も。水道やガスが復旧し、家屋の「応急危険度判定」も進み、帰宅出来ている方も増えていますが、ここからは避難所生活が長期化するかどうかの分かれ目に入っていくという段階でした。市役所の職員は毎日避難所に1名配置となっていましたが、毎日違う人が来ることが課題だと感じました。毎日違う人が来ることで、各避難所現場の理解が進まず、避難者との信頼関係も深まらないという状況でした。私が訪れた日の前後から、各避難所に同じ人が担当することになっていったようですが、一番大変な時期に信頼関係を深められなかったのが、課題だと感じます。また学校の対応もまちまちで、学校長の判断に影響されるようでした。A小では炊き出しが続いていましたが、他の学校では炊き出しを中止したところもあるものの、避難者と学校長との話し合いで、継続されることになったようです。校長の理解があってこそ、A小の独自の取り組みが可能になっているということでした。色々と話をしている内に、一晩この避難所に宿泊させてもらいたいと感じるに至り、宿泊させてもらえないかとお願いしたところ快諾いただき、初日の夜は避難所で過ごすことになりました。（※事前に博多でのホテルを予約してから、熊本市に行っています。基本的に避難所にボランティアで行って泊まれるものではないので、ボランティアで行く方は必ず宿泊先をご用意ください。）</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00222.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00222.jpg" alt="DSC00222" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2985" /></a><br />
A小学校の避難所の様子</p>
<p>2カ所目は、B小学校。自治会長や避難生活をしている方、他都市から派遣されてきている職員の方、熊本市社協を通じてボランティアに入っている方達から、お話を伺いました。B小学校も70名ほど滞在。会長の自宅は無事で生活することも可能ではあるものの、ずっと避難所に滞在しているということ。そうすることで、避難所の状況を把握することができ、避難者との関係も深まって、それぞれの状況もわかり、様々な相談もしやすくなる環境をつくっていらっしゃいました。B小学校では会長だけでなく、若い人達が力を発揮していました。私が訪問した時は、若い避難者が10名くらいの避難者を、車で1時間くらいの温泉に連れて行って帰ってきたところでした。また避難者の中にダンサーの方もいらっしゃるので、避難している方々と一緒にダンスをし、運動不足解消、エコノミー症候群予防につなげていました。ここでも炊き出しがありましたが、率先して行っているのは若い避難者達。以前テレビの取材があったそうですが、会長は自分に取材するのではなく実際に汗をかいている若者を取材してくださいと伝え、実際に若い人が取材され放送されたといいます。またこのニュースを見た友人たちが、手伝いに来てくれるなど影響があったということでした。こうして現場にお邪魔すると、「支援する人」と「される人」が別々にいるのではなく、避難している人同士や、同じく被災した近所の人達で、お互いに支えあっているのがよく分かります。</p>
<p>お昼過ぎに訪問したため、ちょうどランチタイムで、思わず炊き出しのご飯を頂きました。最初はもちろん遠慮したのですが、多めに作ってあるから大丈夫だよと言われ、お言葉に甘えました。避難者の数より多めに用意しているのは、食事だけもらいに来る近隣の人もいるから。B小においても、残っている人は一人暮らしの高齢者が多くなっていて、自立を促していくのがこれからの課題でした。マンションの高層階に住んでいらした方もいて、エレベーターが直るまで帰れないという状況もありました。家がなかなか片付けられないという課題や、余震が続く中一人で家に居られないという方もいらっしゃいます。校庭での車中泊も減ってきていましたが、いまだ夜だけ校庭で車中泊していく方もいらっしゃるそうです。</p>
<p>B小では特に衛生面には注意を払っていて、トイレも水道が復旧するまでは、隣に流れる川の水を汲み上げるなど工夫をしていました。とにかく試して、工夫してみることが大事だと、会長が率先して動いていたようです。ミーティングルームが女性の更衣室、授乳室になっていましたが、当初は避難者が滞在していたと言います。女性のための部屋が必要だと途中で気づき、皆で話し合い、反対する人も無く、女性のための部屋へと転換されたそうです。市役所の動きなどは、A小で伺ったのと同様の話が聞かれました。当初物資の情報が少ないことが問題だったと言います。物資がダブついているところもあれば、足りないところもある。行政に注文をしても、届くまでに4日もかかってしまい、その間に避難者の数も減って、届いたものを返却したこともあるといいます。どこに、何が、どれだけあるのかが分かれば、届けてもらわなくても自分たちで取りに行くこともできる。今時スマートフォンなどICTを活用すれば、いくらでも工夫ができるのではないか、という指摘です。B小でも、若い人たちのネットワークから集まった物資が多いといいます。市の職員の配置状況もA小と同様で、毎日違う人がローテーションで来ていたのが、2日から体制が変わり同じ人が張り付くようになったようだが、本来もっと大変な時期に同じ人が張り付いて、状況を把握すべきだったのではないかと課題が指摘されていました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00237.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00237.jpg" alt="DSC00237" width="640" height="360" class="alignnone size-full wp-image-2987" /></a><br />
B小学校の避難所</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00231.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00231.jpg" alt="DSC00231" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2988" /></a><br />
B小学校の授乳室兼女性更衣室</p>
<p>3件目はC中学校。既に避難者は14名まで減少しています。隣接する公共施設も避難所になったので、そこの6名と合わせて、20名の方に食事などを提供されている状況でした。1つの特徴として、毎朝7時から運営会議が開かれ、市、学校、避難者で、情報共有が行われていました。ここも他と同様、日中は誰も居なくて、夜になると宿泊のために避難者が戻ってきます。C中では震災で体育館の壁の一部が剥がれ落ちたことによって、体育館は避難所として使われず、校舎の教室が避難所となりました。現時点では14名で3部屋を利用しているということで、ダンボールの仕切りなどは無いものの、比較的個室に近い状況をつくり、女性だけの部屋などが設けられていました。他都市の職員の方がこちらにもいらっしゃいました。23日に着任された時には100名くらいの方が避難されていたものの、24日に水道が復旧したことで、25日には20名ほどに避難者が減少したそうです。この20名は、自宅が「応急危険度判定」で、赤の「危険」や、黄色の「要注意」に指定された方々とのこと。住宅に関する現時点での課題は、罹災証明の発行まで1か月ほど要すること。熊本市では仮設住宅ではなく、民間のアパートなどに住んでもらって、被災者には補助を出す方針で動いています。罹災証明が発行されれば、アパートへの入居時点まで遡って補助がでるものの、実際に罹災証明が発行されるのか心配なため、なかなか証明書の発行前に転居することに、二の足を踏んでいる方が多いということでした。ここの避難所でも、滞在はせずに食事だけをもらいに来る方もいらっしゃるということでしたが、その中には障害者の支援団体の方もいらっしゃいます。障害者の方で、なかなか避難所で生活できない方、集団で生活できない方がいらっしゃるので、そうした方は車中避難などで対応しているケースがあるそうです。重度障害者、精神疾患患者、排泄介護など、課題となっていました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00264.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00264.jpg" alt="DSC00264" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2989" /></a><br />
C中学校で避難所となっている教室の１つ</p>
<p>4件目はD小学校。自治会長に対応していただきました。ピーク時150名くらいだった避難者は、現在30名。当初は体育館だけでは足りず、教室も使用していたといいますが、5月10日からの学校再開を控え、全ての避難者が体育館へ移動しています。避難者に一人暮らしの高齢者というケースは多くないそうで、福岡などで暮らす子どもの世帯に身を寄せた方が多いと言います。エリア的に高層マンションが多い地区で、高層階は揺れが大きかったため、不安で自宅マンションに戻れない方も多いようでした。また生活保護受給世帯で、金銭的に厳しいために避難所を出られないというケースもあるそうです。避難所の入り口には手作りのマップが描かれていて、どこに何があるかが分かりやすくされていました。炊き出しは行われていおらず、カップラーメンやインスタント食品などが提供されていました。2日の夜は熊本のプロバスケットボールチーム「熊本ヴォルターズ」からお弁当の提供を受ける予定となっていました。C中学校と、D小学校では、政令指定都市市長会からの要請で派遣された横浜市立大学のスタッフが、避難所の調査を行っていました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00269.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00269.jpg" alt="DSC00269" width="640" height="353" class="alignnone size-full wp-image-2991" /></a><br />
D小学校の避難所</p>
<p>避難所の訪問を終えて、夜は再度A小へ宿泊のために戻りました。避難者の方と同じ生活を体験したほうが良いというお言葉も頂き、炊き出しを頂いたり、お話をしたりと過ごしました。夜お会いしてお話を伺ったのは、A小学校のボランティアチームを呼びかけた主要メンバーのお一人。熊本市在住ではないものの、発災時A小学校の近くにいた事と、近くの商店会長とも友人で、早急に対応が必要として、チームを形成されます。そうしたチームの力により、上述のようにそれぞれのネットワークを活かして、物資の調達などがスムーズに行われていきました。発災直後の避難所には飲食店オーナーが多く集まっていたこともあり、炊き出しは料理のプロ達が、避難者がまるで自分のお店のお客さんかのように、丁寧に美味しい他では考えられないような内容だったと言います。ここの避難所で貫かれているのは、みんなが明るく楽しく過ごせるようにすること。料理だけでなく、カラオケ大会や音楽の演奏会など、様々なイベントも開催されています。私も何人かお話させて頂きましたが、皆さん被災の辛い思い出があるにも関わらず、楽しく昔の思い出話をしてくださったり、熊本の話を教えてくれたりと、楽しそうに接してくださいました。以前某メディアが取材に入った時には、避難者の方があまりにも楽しそうにしていたため、「悲しい顔をしてください」と記者から注文が入り、現場では大顰蹙をかった事があったそうです。</p>
<p>もう1つ重要な点が、リーダーの方々がビジョンを持って取り組んでいること。自立支援、復興支援を「実行する」と決め、そのためにどうするかを、特に経済面での自立がなければ復興はないと考えて、取組んでいらっしゃいました。忘れていけないのは、中心的に関わっている方々自身も被災者であり、仕事を失ったりしている点。震災によって大型の契約を失ったという話も伺いましたが、それでも逆境をチャンスに、困難を価値に変えて、いかにこれからビジネスを立て直すかというビジョンについても、教えていただきました。周辺のボランティアチームとの連携も密に行われていて、5日おきにボランティアリーダー会議が開催され、県外からもリーダーが集まり、情報共有が行われています。こうしたネットワークによって、人、モノ、情報の共有が促進され、独自の取り組みが、奇跡の避難所が実現しています。</p>
<p>ご厚意で、空いている段ボールベッドにて1晩泊まらせて頂きました。日中は仕事や自宅の片付けで、避難所にはほとんど人が居なくなりますが、夜になると皆さん戻ってこられて、それぞれの時間を過ごしていきます。炊き出しは、豚汁に、おにぎり、パン、プチトマト、お新香。おにぎりやパンは大量に支給されていて、賞味期限も短いため「食べれるときに食べておいた方が良いよ」と、2個ずつ頂きました。東京から支援物資を持ってこられた方々がいらっしゃって、校内放送の案内によって、校庭での配布が伝えられ、石鹸や食料など、欲しい人がもらうという形で対応が行われていました。校庭には多少自動車がありましたが、車中泊は大分減ってきているという状況。校庭には夜通し照明が点いていましたが、これは避難所によって対応が異なるということで、消すところもあるそうです。体育館の消灯時間は22時で、22時までは館内でも話したりできますが、22時を過ぎて話したりしたいときは、体育館の外の炊き出しスペースあたりで交流を持つことになります。「消灯時間」と言っても、朝まで館内の照明は点けたまま。これは、万が一大きな余震が就寝中に発生しても、すぐに校庭に逃げ出せるよう、避難路の確保のために明るくされていました。私も22時頃まで、避難所の方と、ボランティアでマッサージに来ている方とお話をして、就寝。段ボールベッドは、マット1枚分の広さ。ダンボールを箱にした上にマットを敷いているタイプで、断熱性や健康面にも優れ、片側は仕切られていて、プライベート空間を守れつつ、何かあってもすぐ飛び出せる仕様です。明るい中なので、アイマスクをしている方が多くいらっしゃいました。1日過ごしていると何度か余震を体験しましたが、朝6時頃に震度3の揺れがあり私も目を覚ましました。まだまだ震度4の余震なども続いているので、不安な気持ちが続くのもよく分かります。朝7時になると、校庭でラジオ体操。この日は子ども達が学校の行事で発表する予定のダンスも、子ども達のふりを見ながら皆で踊りました。こうした体操を行うのも、エコノミー症候群予防という側面もあります。朝食を一緒に頂いた後、避難所の皆さんに感謝をして、ボランティアセンターに出発。この日は雨の予報。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00309.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00309.jpg" alt="DSC00309" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2992" /></a><br />
段ボールベッド。この上に、日本赤十字社などから提供される毛布を敷きます。</p>
<p><strong>5月3日　熊本市社会福祉協議会ボランティアセンター</strong></p>
<p>この日は、ボランティアセンターで仕事を得ることができ、資材チームへ配属に。資材チームの主な仕事は、各現場に出て行くボランティアチーム毎に必要となる、土嚢、ゴミ袋、ホウキ、ちり取り、手袋、雑巾、バケツ等々を、注文に応じて渡す仕事。この仕事も、ボランティアチームのオリエンテーションが終わり、準備ができ、各地へ出動すると一旦落ち着きます。この間にどんどん雨が強くなっていきました。雨が強くなると、テントの中で地べたに置かれた資材、特にダンボールに入った物資が被害を受けることが予想されました。そこからは緑色の樹脂製フェンスを転用して、資材の下にフェンスを敷き、直接水に触れないようにする作業へ。</p>
<p>こういった作業を効率的に進め、指揮をとっていたのは、遠方から来たボランティアの方々。資材チームとしては、地元大学生がリーダーとして配置され、全体を見ながら動いている一方で、20代〜40代で、災害ボランティア経験の豊富な方々も全国から集まってきていて、チームとしてどう対応するか、適切に指示が出され、初参加の人も滞り無く作業に参加することができる状況になっていました。長期的に関われる地元のボランティアの方と、経験豊富ながら短期の市外ボランティアの方とが、お互いに支え合っている印象。この間、大雨、強風。その後テントの中で、ホウキやスコップ、バケツなど、現場で使う道具に「熊本市社協」と名前を入れる作業に。諸々作業が終わって14時過ぎ頃にはようやく雨が上がり、そこからは会場の水はけ作業へ。15時30分頃から、各地からボランティアチームが戻ってくる予定なので、それまでに会場の水を少しでも減らして、安全に、心地よく帰ってきてもらおうという配慮です。私は帰りの飛行機の時間が迫ってきていたため、15時頃に作業終了。ほんの数時間とは言え、同じ気持で集まり、同じ時間を、同じ作業をした仲間は、なんとも言えない連帯感を生みます。バタバタと皆さんに挨拶しつつ、バスに乗り空港へ。空港では私の便は順調でしたが、日中の強風時に着陸予定だった便は4〜5時間遅れという状況でした。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00211.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00211.jpg" alt="DSC00211" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2993" /></a><br />
ボランティアセンターの全体。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC_7365.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC_7365.jpg" alt="DSC_7365" width="640" height="480" class="alignnone size-full wp-image-2994" /></a><br />
資材の仕分け作業。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00214.jpg" rel="lightbox[2974]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/DSC00214.jpg" alt="DSC00214" width="640" height="427" class="alignnone size-full wp-image-2995" /></a><br />
日々のボランティア受付状況が掲示されていました。</p>
<p><strong>まとめ：感じたこと、考えたこと</strong></p>
<p>横浜市と熊本市の大きな違いの1つが、避難所の運営方法。横浜市では、地域防災拠点には地域防災拠点運営委員会が設置され、震災時の活動が想定され、マニュアルの作成や、訓練などが行われています。一方熊本市の避難所にはそうした組織はなく、避難所毎に対応が異なっていました。自治会長が中心的に動いている所もありましたが、自治会長の関わり方はそれぞれ違いました。ボランティアチームが主導しているところもあり、物資の確保や、ベッドの確保状況なども、それぞれ異なっているという状況。市の職員の方から伺った印象的な話は、「防災計画に震災について書かれているが、まさか本当にこんな地震が発生するとは思わなかった」という話。市民の方々からも「まさか」という声を何度も聞きました。こうして各避難所の対応が異なりながらも、その差異を生んでいたのは、強いリーダーシップと、ソーシャル・キャピタルの存在だと感じました。ビジョンをもち、対応を練り、協力者を全国から集め、必要な物資などを集めてくる。復興とは何なのかを考え、その道筋を描き、実行していく。方法や量は異なれども、事前に構築された組織、マニュアルがない中で「まさか」が発生し、被災した方同士で自立のために考え、行動していく。そうした状況が、避難所にありました。</p>
<p>避難所から聞かれた行政の問題は、市職員が1名いるものの、日替わりで毎日違う職員が来ること。現場のことを理解したり、そこで生活する人と関係性を深めることができずに、回っていくだけ。本当に必要な支援には結びつかないことに、住民の方の憤りに似た意見を伺いました。体制が無かったり、非常事態で人手を割くのが困難だったということもあると思いますが、こうした現場と市役所、市職員との関わり方は非常に重要な要素だと考えます。また、初動での物資の流通をどうしていくかも課題でした。横浜市においても、最低3日間の水・食料の備蓄を市民にお願いしてきています。今回の熊本でも徐々に物資が入るようになりましたが、流通の課題も明らかになりました。全国から届く物資をどこに集め、どうやって仕分け、どうやって配送するのか。避難所の現場からは、熊本市に必要量を伝えても、到着まで4日間もかかり、本当に必要なときに必要なものが届かなかったことが指摘されています。</p>
<p>また、避難所を統合することと、避難所で生活する人とをどう考えていくかも課題です。学校を再開して、体育館を使えるようにしたいということや、冷暖房完備でより良い環境で生活してもらいたいという側面がある一方では、慣れ親しんだ環境を離れること、自宅から遠くなること、顔の見える関係が失われることなどを、自立との間で考え、理解していかなくてはなりません。安心して、自立していける環境づくりが重要だと考えます。それを行うのには市が良いのか、何らかの民間セクターが良いのか、そうした視点も必要になると考えます。</p>
<p>長期化する避難所生活においては、心のケアと金銭面、住居面での支援が重要です。いつ終わるか分からない、毎日続く余震に不安になる気持ち。お風呂に入った際に、揺れる水面をみて震災の揺れがフラッシュバックする気持ち。一人暮らしの中で、家では夜を明かせない気持ち。こうした不安のケアができれば、自宅の戻りやすくなる人もいらっしゃいます。訪問した避難所では、カラオケ大会などの「楽しみ」が提供されていましたが、避難所においても心の余裕をつくりだすための、遊びや楽しみが必要です。また罹災証明の発行をいかに効率的にできるかも、重要な点です。5月4日には、国が罹災証明発行の支援を行うことが表明されました。適切な支援だと思います。5月5日時点で熊本県全体では、建物の全半壊棟数が約3万1千棟に上っています。これは想定の4倍近いという状況です。横浜市の想定では元禄型の場合、強い揺れによる建物の全半壊棟数は約13万7千棟と想定されています。首都圏全体での迅速な対応が求められることになると考えます。</p>
<p>ボランティアの受付体制も、難しいテーマだと感じました。今回は発災から大型連休が近かったことにより、大量のボランティアが流入することが予想され、熊本市以外の社会福祉協議会では、県外からのボランティアを受け付けないことで、供給過多の状況にならないようコントロールしていました。また宿泊先や食事の準備なく訪れ、当然のようにそれを求めるボランティアの存在についても指摘がありました。一方では、一定の量で受付が制限されることで、全国から集ったボランティアが途方に暮れるという状況もあります。この需給ギャップをどう埋めるのか。首都圏で発災すれば、アクセスの良さや、マスメディアやソーシャルメディアでの発信量も多くなることから、大量のボランティアが集まることも予想されます。横浜市の防災計画においては、市と区に設けられる災害ボランティアセンターや、社会福祉協議会、横浜災害ボランティアネットワーク会議との協力などについて記されています。熊本市とは規模が異なるものの、都市部での災害におけるボランティアの受付体制と、実際の運用現場からは、学ぶことが多いのではないかと思います。</p>
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