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	<title>藤崎浩太郎 &#187; 志賀町</title>
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	<description>横浜をもっと元気に！横浜の魅力を世界に！　横浜市会議員（青葉区）藤崎浩太郎公式ホームページ</description>
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		<title>志賀町における能登半島地震と、災害対応のデジタル化について。</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Jul 2026 00:04:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
		<category><![CDATA[デジタル化]]></category>
		<category><![CDATA[志賀町]]></category>
		<category><![CDATA[能登半島地震]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年7月22日、所属する常任委員会「総務委員会」の視察で石川県志賀町を訪れました。令和6年能登半島地震からの復旧・復興の状況、そして被災自治体としての災害対応のデジタル化をテーマにお話を伺い、被災地にもお邪魔しまし [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_100541.jpg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_100541-1024x576.jpg" alt="志賀町" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6682" /></a></p>
<p>2026年7月22日、所属する常任委員会「総務委員会」の視察で石川県志賀町を訪れました。令和6年能登半島地震からの復旧・復興の状況、そして被災自治体としての災害対応のデジタル化をテーマにお話を伺い、被災地にもお邪魔しました。<br />
（※<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry5727.html">藤崎が2024年1月27日に志賀町で体験した災害ボランティアの報告はこちらから</a>）</p>
<h4>志賀町の被災状況</h4>
<p>令和6年1月1日に発生した能登半島地震は、石川県全域に甚大な被害をもたらしました。震源に近い輪島市や志賀町北部の富来地区などでは最大震度7を観測し、県全体の死者数は729人にのぼります。特徴的なのは、直接死よりも震災関連死の割合が高いことで、関連死は501人と死者数の約7割を占めるています。志賀町における死者数は29人で、そのうち災害関連死は27名と9割以上が関連死となっています。建物被害も深刻で、全壊は住家563棟、非住家1,849の合計2,412棟。住家・非住家の大規模半壊1,104棟、同じく中規模半壊が1,372棟、半壊〜一部損壊が12,271棟で、全体では17,105棟が被害に遭っています。</p>
<p>インフラ被害については、電力は概ね15〜20分程度の停電で復旧した地域が多かった一方、町内全域の約8,800世帯では2ヶ月間に渡って断水が続き、道路・河川も甚大な被害を受けています。指定避難所には最大時で約3,900人（17か所）、自主避難所には最大時で約6,200人（34か所）が避難し、合計で約1万人が避難生活を余儀なくされています。住宅の公費解体は、申請・発注棟数4,936棟に対して、完了棟数は4,863棟で98.5%が完了（2026年6月時点）、跡地には空き地が目立つ状況となっています。</p>
<h4>インフラ復旧の遅れとその要因</h4>
<p>視察時点で、被災延長223kmに及ぶ町道の復旧率は約9.1%にとどまっています。上下水道は応急復旧は完了しているものの本復旧となると、下水道の復旧率は約5%、上水道の復旧率は約2%にとどまっていました。復旧が進まない主な要因として、能登地区全体で復旧工事の需要が集中し、対応できる事業者が不足していて、入札を実施しても不調（応札者不在）となるケースが多いことが挙げられました。特に下水道は道路の地下に埋設されているため、下水道の復旧が完了しない限り本舗装ができず、応急的な仮舗装や砂利敷きの状態が続くという構造的な問題も指摘されました。町としては令和12年度末までの復旧完了を目標に掲げているもののなかなか進まず、住民からは早期復旧を求める声が絶えない状況が続いているとのことです。事業者の事情としても、県や国の発注する事業のほうが金額も大きくなるため、町道レベルだとなかなか入札に応えてもらえないという状況が指摘されました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5758.jpeg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5758-1024x767.jpeg" alt="志賀町" width="1024" height="767" class="alignnone size-large wp-image-6683" /></a></p>
<h4>情報連携・デジタル化の必要性</h4>
<p>説明の中心的なテーマとなったのが、被災者支援における情報連携のデジタル化です。避難されている方の中には妊婦や介護が必要な方、障害者など要配慮で、健康状態の把握が必要な方もいて、1.5次避難所に移動される方もいらっしゃいます。この健康状態の把握について、全国から応援で派遣されている方々が対応してくださったそうです。ところが、派遣元の自治体（社協）の様式に基づいて確認作業と記録がなされるため、書類も内容もバラバラな状況で残され、引き継がれてしまっていたそうです。災害時用に統一した様式を設けて、罹災証明や薬・治療の情報を一元的にデジタル化、データベース化できれば、共有も連携もしやすくなるという課題が明らかになっていました。また避難者は一次避難所から1.5次避難所（金沢市等）、二次避難所へと移動する中で、個人情報保護の観点から自治体間・支援団体間でのデータ共有が進まず、結果として必要な支援の優先順位付けができない状態も生じたそうです。災害関連死についても、データ化されていないことによって分からないことが多いため、一次避難所から二次避難所までの情報がデータベース化され共有されれば、詳細を捉えられるようになるのではないかと指摘されていました。</p>
<p>こうした経験を踏まえ、石川県では被災者台帳をベースとしたデータベースの構築を試みたものの、震災発生後に着手したため十分に機能しなかったそうです。一方で、罹災証明発行システムについては、令和4年の小松市での豪雨・洪水被害の際に、県内自治体で建築被害認定業務システムがデジタル化されていなかったため罹災証明の発行に時間がかかってしまったという課題があり、令和5年2月には県内19の全市町で「被災者支援システム」の導入が決定され、3年間のランニングコストを県が1/2負担するという形で進められていました。令和6年の能登半島地震においては、避難所の入所受付業務がデジタル化されていなかったため避難者把握が課題となり、令和8年内に全19市町統一の避難所マネジメントシステムを導入することが進められています。</p>
<p>震災発生時、志賀町役場の職員参集率は62％であり、「奇跡的」と表現されていました。石川県庁でも60%も集まれていなかったといいます。多くの職員自身が被災者でありながら災害対応にあたった実態が語られました。従事できる人も資源も限られたなかで、できるだけ効率的に被災者を守っていくために、情報の伝達や共有を簡単に速やかに進められるように仕組みを整えることが必要です。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5775.jpeg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5775-1024x767.jpeg" alt="志賀町" width="1024" height="767" class="alignnone size-large wp-image-6684" /></a><br />
ヒアリング後は応急仮設住宅の現場を拝見しました。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_113831.jpg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_113831-1024x576.jpg" alt="志賀町復興住宅" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6685" /></a><br />
応急仮設住宅の外観。今後は復興住宅へ移行予定。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_115352.jpg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/20260722_115352-1024x576.jpg" alt="仮設商店街" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-6686" /></a><br />
道の駅「とぎ海街道」の敷地内に設置された仮設商店街。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5794.jpeg" rel="lightbox[6679]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2026/07/IMG_5794-1024x767.jpeg" alt="仮設商店街" width="1024" height="767" class="alignnone size-large wp-image-6687" /></a></p>
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		<title>能登半島地震、志賀町での災害ボランティア報告。災害対応のデジタル化。</title>
		<link>https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry5727.html</link>
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		<pubDate>Sun, 28 Jan 2024 06:36:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[藤崎浩太郎]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>
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		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[能登半島地震]]></category>

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		<description><![CDATA[2024年1月27日、令和6年能登半島地震の災害ボランティアで、志賀町を訪れ作業を行いました。以下、ボランティアに関するレポートと、私の感じたこと、考えたことなどをまとめています。 ボランティア登録と申し込み 能登半島地 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_084128.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_084128-1024x576.jpg" alt="藤崎浩太郎" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5739" /></a></p>
<p>2024年1月27日、令和6年能登半島地震の災害ボランティアで、志賀町を訪れ作業を行いました。以下、ボランティアに関するレポートと、私の感じたこと、考えたことなどをまとめています。</p>
<h4>ボランティア登録と申し込み</h4>
<p>能登半島地震の発生は2024年1月1日でした。<a href="https://prefvc-ishikawa.jimdofree.com/">石川県のボランティア募集のWebサイト</a>では、ボランティア募集開始に先だって、ボランティア事前登録フォームが設けられました。登録をすると、随時募集についての案内メールが送られてきました。</p>
<p>具体的にボランティア募集開始のメールが届いたのは、1月23日。そのメールでは、1月24日正午から活動予約の受付を始めることが案内されました。先着順との説明や、七尾市、志賀町、穴水町が活動地域になること、活動内容は災害ごみの片付け、運搬などであること、必要な持ち物、集合・解散時間などが明示され、申し込みの段階でかなりイメージしやすくなっていました。重要なポイントとしては、申し込み方法がWebでの事前登録であることで、メールにはGoogleフォームのURLが記載されていました。</p>
<h4>Web申し込みは優れた方法</h4>
<p>以前私は<a href="https://www.fujisakikotaro.jp/blog/activity/entry2974.html">熊本地震のボランティアに行きました</a>。その際は、ボランティアセンターに直接行って受付を行うという方法でした。私が熊本市のボランティアセンターに行った日は、1,000名程度という受け入れの上限があり、残念ながら私は間に合いませんでしたし、他にも同じ状況の方が居ました。災害ボランティアは全国から集まります。今日も、群馬や東京など石川県民ではない方がボランティアに参加されていました。こういう離れた地域から参加する方が、事前に、確実に受付される仕組みは、効率的で志願者としても助かります。</p>
<p>24日正午に早速、1月27日の活動希望で申し込みを行いました。Webのフォームでは希望の行き先も選べますが、私はどこでも良いという選択肢にしました。参加決定通知は、活動日の前々日の18時までに送付されるということで、一旦返事待ちの状態になります。そして前々日にあたる、1月25日17:34に参加決定通知が届きました。6時10分に金沢駅西口集合で、志賀町にて災害ごみ搬出の補助などを行うことが示されました。</p>
<h4>前日に金沢へ</h4>
<p>当日は6時10分に金沢駅西口集合、となると前日に金沢に入らないことには横浜からは間に合いません。決定通知が届くまでは、宿も交通手段も手配できないので、速やかにホテルと行きの新幹線のチケットを予約し、防寒具など必要な持ち物を準備し始めました。活動日の前日である1月26日、22時過ぎに金沢駅近くのホテルに到着しました。ホテルの駐車場には、日本赤十字社の車両が何台も停まっていました（写真1）。フロントで確認すると、赤十字のスタッフの方が宿泊しているとのことで、22時過ぎという時間でしたが、ロビーの一角でパソコンと向き合い何か仕事をしている、赤十字の方がいらっしゃいました。</p>
<h4>石川県災害ボランティア第一陣出発</h4>
<p>活動日当日の1月27日早朝、集合時間より少し早く金沢駅西口の集合場所に行くと、すでに沢山のボランティアの方が集まってきていました。行き先に応じてバスが複数用意され、石川県職員の方の誘導のもと、志賀町行きのバスに乗車しました。北日本観光のバスでの移動となりましたが、バス協会との災害協定に基づき、費用は後払いの形で運行されています。（写真2、3）</p>
<p>バスが出発すると1日の流れが説明され、今日が災害ボランティアの初日で、第一陣であるため、一旦石川県庁に寄って出発式を行うことが伝えられました。県庁に到着すると、沢山のメディアが集まっていました。出発式はシンプルに馳浩石川県知事の挨拶のみによって行われ、終了後すぐに再度バスに乗車し、いよいよ志賀町へ向かいます。（写真4）</p>
<p>車中ではQRコードを書いたA4のラミネートされた紙が回覧されました。QRコードをスマホで読み込むと、今回のボランティアの登録フォームが表示され(KintoneのURL)、名前、住所、電話番号、ボランティア保険の登録の有無、を記入します。ボランティア保険に入っていなくても、石川県が手続きを行うため、仮に当日怪我をしても保険が適用されると説明がありました。</p>
<p>道中は高速道路で移動しました。渋滞もなくスムーズな移動となりましたが、途中の柳田出口手前では、「この先災害車両優先」と表示した警察車両が、交通の整理を行っていました。被災現場を直接見る機会はあまりありませんでしたが、志賀町の家屋の瓦屋根には、ブルーシートが目立ちました。</p>
<h4>志賀町災害ゴミ置き場</h4>
<p>私たちのグループは、30名ほど。到着した作業現場は、富来野球場の駐車場に設置された、志賀町災害ゴミ置き場。災害廃棄物の仮置き場です。他のグループは、被災した個人宅で家財道具の撤去を行っていて、志賀町各所で撤去された廃棄物が集まってくるのが、富来野球場です。市町の災害ゴミ置き場は、基本は市町の管理ですが、志賀町は社会福祉協議会にゴミ置き場の協力を要請し、社会福祉協議会が石川県に協力要請を行ったため、現時点で志賀町災害ゴミ置き場は、石川県災害対策ボランティア本部によって運営がなされていました。（写真5）</p>
<p>ゴミ置き場には、可燃粗大ごみ、畳・布団・じゅうたん、木くず・角材・柱材・板材、小型家電、ガラス・陶磁器、コンクリート、壁材スレート、瓦、と廃棄物の分別エリアが区分けされています。現場到着後は、それぞれのエリアに5～6名に分かれるよう指示がなされつつ、作業の多いエリアに手伝いに行くことが指示されました。この時点では、ボランティアメンバーは何をどうするのかほとんど理解できていないうえに、みんな初対面なため、戸惑いながらそれぞれ配置につきました。私は、なんとなくガラス・陶磁器のエリアへ。</p>
<p>災害ゴミ置き場の開設時間は、9時から16時となっていて、9時を過ぎると続々と廃棄物を乗せた車がやってきました。車は、ほとんどが軽トラックか自家用車で、なかには小学生くらいの子どもが同乗しているケースもありました。様々なご家庭、状況での被災が伺い知れます。</p>
<h4>具体的な作業の様子</h4>
<p>ゴミ置き場は、昨日、一昨日も運営されていて、地元の協力団体やシ地元のルバー人材センターの方々で2日間運用がなされてきました。400台くらい車が来て、長い列が出来て大変だったというお話を聞きました。今日も出だしはゆっくりでしたが、昼に近づくにつれて搬入車がどんどん増えてきました。昼御飯の時間帯に一時的に落ち着き、その後また増えるという感じでした。今回ボランティアスタッフが入ったことで、搬入待ちの車両の列はそれほど伸びることがなかったので、順調に作業を進められていたと思います。</p>
<p>搬入車両によって、木材関係ばかり積んでいる車、瓦ばかり積んでいる車、ということもあったり、ガラスも、木材も、小型家電も、一台に色々積んであるという車もあったりでした。車の列は管理され、順番で待っている車が会場に入る際は、管理者から拡声器で何を積んだ車かがアナウンスされ、それぞれのエリアに車両を誘導し、ボランティアスタッフが荷物を下ろす、という作業の流れです。ガラス・陶磁器エリアには、食器類や窓ガラスの荷下ろし・分別だけでなく、扉に組み込まれているガラスの除去や化粧台のガラスの除去など、ガラスを外す作業がありました。隣接するコンクリートや壁材、瓦は、持ち込まれる頻度が少なかったため、だんだんと担当者が他のエリアに移動し、荷物が運ばれてきた時のみ、みんなが集まってくるという行動に変化していきました。（写真6〜14）</p>
<p>最初は戸惑いながら始まったボランティアメンバーでしたが、要領を掴むと、エリアや役割がかなり柔軟に移り変わり、助け合い、無言のサポートが生まれていきました。複数種類の荷物を積んだ車の場合、最初は車に人が集まっていましたが、徐々に荷物を下ろす毎に車を動かすようにボランティアスタッフが誘導するようになり、複数の小さなリーダーシップが生じていった感じがありました。</p>
<p>それぞれのエリアの廃棄物が山のように積まれると、シャベルカーなどの重機がコンテナに積む込み、アームロール車が運び出していき、空のコンテナが新たに置かれます。手分けして車から荷物を下ろし、山のように積み、重機で片付ける、という作業が、開設時間のあいだずっと繰り返されます。</p>
<p>作業開始前の説明の際も、作業の途中でも、「交代で休憩を取ってください」と、県の職員の方から案内がなされました。しかしながら、初対面の即席チームで、担当エリア毎に明示されたリーダーや、交代で休憩を取るための仕組みみたいなものが無いため、なかなか休憩を取ることがうまくいきません。私も、トイレと、10分程度の食事休憩以外はずっと作業をしていました。遠くから来ている人も多く、一日だけのボランティアという方もいらっしゃるので、「少しでも役に立ちたい」という想いのなかで、6時間フルで作業したいという気持ちになります。私もそうでした。休憩をいかに取れるようにするかは、課題だなと思います。下手をすると体調を崩す人が出てしまいかねません。可能であれば、ビブスの色分けを行い「青の人休憩入ってください」、というようなやり方が取れると良いかもしれません。</p>
<p>私たちの作業は15時までとなっていたので、14時50分頃になると、ボランティア終了の声がかけられて、全員集まったところで終了の挨拶。すぐにバスに乗車して、金沢駅に向かいました。17時頃、出発した金沢駅西口に帰着して解散。横浜への帰路につきました。</p>
<h4>所感</h4>
<p>災害対応のデジタル化、というと大げさな感じもしますが、ボランティアの受付がオンラインで行われる事前登録制になっていることは、とても便利でした。私が参加した1月27日が、ボランティア受け入れの初日というなか、集合場所や進行に問題が生じることもありませんでした。初日のボランティアは、七尾市、穴水町、志賀町の3市町で75名ということでしたのであまり多くありませんが、事前登録者の数は1月25日時点で約14,500人との報道もあり、これだけのボランティア希望者が、仮に75名の受け入れ枠ののために当日に現地での申込方法を取っていたら、大混乱が生じていたかもしれません。バスの中での登録作業も、紙で行えば人数分の紙と筆記用具が必要ですし、集計作業も必要となってしまいます。災害の状況にもよりますが、インターネットが使える環境にある場合を想定し、オンラインでのボランティア受付体制を確立しておくことは重要だと考えます。</p>
<p>志賀町は、1月27日時点では水道の復旧が進まず、断水が続いている状況にありました。また珠洲市や輪島市など被害が大きいのに、アクセスなどの様々な課題からボランティアの受け入れ態勢が整っていないという地域もあります。そうした混乱が続く中で、初日の第一陣の受け入れを一つのテストとして捉えて受け入れているような話もあり、受け入れ側の体制整備において合理的な進め方だと感じました。災害ボランティアを、何度も、頻繁に受け入れるということは、あまり起こることではないでしょうから、経験が無いなかで円滑に受け入れ態勢を構築するには、小さく始めるということは参考になります。現地での私の感想において「課題」という表現を使いましたが、これは現地の当局や職員を批判する意味ではなく、そうしたテストの中で捉えられる課題であり、テストが成功しているということであると捉えています。</p>
<p>横浜市で大地震が生じた時に、ボランティアの方の受け入れ体制や輸送方法、想定されるあらゆる現場における人の配置と動線や指示の方法が、どうなるのかは改めて考える必要があると感じました。ボランティアの申込の際に、「どこでも」という選択肢があるのと無いのとでは大きく異なります。現地まで行って登録する場合だと、仮にどこでも良いから人手の足りないところにボランティアに行きたいと考えていても、知っている場所にしか行きようがありません。しかし、オンラインで申し込んで、事前に行き先が指示されれば、本当に必要としているところにボランティアに行くという選択肢が生まれます。今回のゴミ置き場におけるエリアの設定の仕方、職員の役割の設定、ボランティアの必要人数なども、1つの前例として学べることが多いと思います。</p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/66e091bc2d19932de79e174ad215915d1.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/66e091bc2d19932de79e174ad215915d1-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5763" /></a><br />
<center>写真1 ホテルに停車する日本赤十字社の車両</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/8169add18e93b0f7c94cd8e7fbe321c5.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/8169add18e93b0f7c94cd8e7fbe321c5-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5742" /></a><br />
<center>写真2 ボランティアスタッフが乗車するバス</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/014cfe2668299a72d0f3addb9bbd26f3.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/014cfe2668299a72d0f3addb9bbd26f3-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5743" /></a><br />
<center>写真3 ボランティアスタッフが乗車する様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/373697687e8e7f29a5ccb937d90d8363.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/373697687e8e7f29a5ccb937d90d8363-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5744" /></a><br />
<center>写真4 出発式の様子</center></p>
<blockquote><p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/27aa892adfe54b2c6c39e694d9308108.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/27aa892adfe54b2c6c39e694d9308108-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5745" /></a><br />
<center>写真5 富来野球場に到着し説明を受ける様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/b50ead066b46833375899de0fd2c0baf.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/b50ead066b46833375899de0fd2c0baf-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5748" /></a><br />
<center>写真6 廃棄物が積まれた車両から荷物を下ろす様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/9111c2e18282d6e66f4d9f45422562b9.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/9111c2e18282d6e66f4d9f45422562b9-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5749" /></a><br />
<center>写真7 ガラスや陶磁器を重機でコンテナに入れる様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/63dbf4494ae580783e213894227e2c55.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/63dbf4494ae580783e213894227e2c55-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5750" /></a><br />
<center>写真8 瓦のエリアで荷物を下ろす様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/d50b15e8ec57ecd70f4797cd6331c2a81.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/d50b15e8ec57ecd70f4797cd6331c2a81-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5765" /></a><br />
<center>写真9 壁材スレートエリアの様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/00e13544a5da5da204c4330e59e765cb.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/00e13544a5da5da204c4330e59e765cb-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5752" /></a><br />
<center>写真10 コンクリートエリアでブロック塀を下ろす様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/b95c484fb65dc8beba29ac794ed04e7e.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/b95c484fb65dc8beba29ac794ed04e7e-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5754" /></a><br />
<center>写真11  コンクリートエリアの様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/172833c9b177b3333d8537aa86e15a60.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/172833c9b177b3333d8537aa86e15a60-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5753" /></a><br />
<center>写真12 小型家電、金属くずエリアの様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/df17d499acb48769cdc53966986c01e0.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/df17d499acb48769cdc53966986c01e0-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5755" /></a><br />
<center>写真13 畳・布団・じゅうたんエリアの様子</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/4b1f6fdd29bdf853ca224009519ccfe4.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/4b1f6fdd29bdf853ca224009519ccfe4-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5756" /></a><br />
<center>写真14 搬入に訪れる車両の列</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_111907.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_111907-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5759" /></a><br />
<center>写真15 断水が続いているためトイレは仮設で、男女２ヶ所ずつ設置されていました。</center></p>
<p><a href="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_145956.jpg" rel="lightbox[5727]"><img src="https://www.fujisakikotaro.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/20240127_145956-1024x576.jpg" alt="能登半島地震" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-5760" /></a><br />
<center>写真16 道路にはヒビが入り、家屋の屋根はブルーシート</center></p>
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