2024年7月18日堺市を訪問し、いじめ対策の一環として取り組まれている、臨床心理士による子ども本人の意向聴き取りの取り組みについてヒアリングを行いました。
市長部局に「いじめ不登校対策支援室」
堺市では教育委員会での対策の他に、市長部局である子ども青少年局に「いじめ不登校対策支援室」を設置しています。令和4年7月に設置されていますが、検討が始まったのは同年3月頃と、スピーディーに設置が進められました。新たな部署を設置した背景にの1つには、堺市でもいじめ重大事態が発生してきたことが挙げられました。いじめ重大事態となれば教育委員会から市長に報告はなされますが、市長部局として教育委員会以外の相談窓口が必要と判断されています。また、堺市においても子どもの数は減少傾向が続いているなかで、不登校児童生徒数といじめ認知件数は増加傾向にあり、学校や教育委員会では早期の対応ができない場合があるという課題もあることから、学校以外に相談窓口が必要と考えられてきたそうです。以上のことから支援室の設置が実現し、当時同様の取り組みがなされていた、仙台市の取り組みを参考にしたそうです。
相談スキームと権限
支援室に相談がなされると、内容に応じて学校や教育委員会との調整が行われるようになります。寝屋川市のような条例に基づいた調査や是正の権限は、支援室には与えられていません。そのため、教育委員会への指示のようなことは行えず、いじめへの直接的な介入は支援室として行うことはありません。支援室から教育委員会・学校に対応を求めた案件についての、教育委員会・学校側からの対応に関する報告義務もありませんが、教育委員会や学校側が支援室のことを気にしていて、情報共有がなされることもあるそうです。また、教育委員会の週1回の定例会議に支援室も入っていて、その中で情報共有されることもあるというのが現状でした。基本的には早期発見の機会を拡大することに、力が注がれているというのが堺市の支援室の相談機能となります。
支援室への相談はいじめそのものの相談のみならず、「学校に相談してもいいのか」、「学校にどのように相談したら良いのか」という内容の相談や、不登校や行きしぶりについての相談もなされていると言います。支援室への相談方法は、原則メールか電話とされてきました。そのため、子どもからの相談が少ないという課題があります。2023年4月〜2024年3月の間、支援室への新規相談は144件で、保護者からが115件、子どもからは29件でした。2022年度の相談者内訳は、子ども12%、保護者71%、その他17%。2023年度の相談者内訳は、子ども20%、保護者76%、その他4%。以上の数字の通り、相談者の大半が保護者という状況が続いています。2023年度には、小学校1〜3年生に対して、支援室に相談をするための手紙を出せる用紙が配布され、子どもからの相談件数が増加しています。この結果を受けて、2024年度は小中学校全学年にたいして、手紙の用紙が配布されています。寝屋川市でも同様の取り組みが進められていますが、堺市では予算の都合上1回の配布で、職員の手作りとなっていました。
臨床心理士による子どもの意見聴取
上記の通り堺市の支援室に対する相談は、保護者が中心となっています。その結果、学校・教育委員会の対応内容に対する保護者からの不満を支援室が聞いて、それに対応することも多くあり、肝心の子ども自身が何を求めているのかがわからなくなることが生じていたと言います。保護者から「子どもはこうしたいと言っている」という事例では、子どもの意見に基づいて対応がとれても、そうではないケースにどう対応するかが課題となっていました。また、2023年4月には「こども基本法」が施行され、第3条では、子どもの意見表明機会の確保が規定され、子ども自身の意見を聴き取ることの重要性が高まります。
こうした課題と法整備のなかで、堺市では2023年5月に、臨床心理士などの専門職による、子ども自身からの聴き取り強化事業を行うことが示されます(2024年度からはいじめだけでなく、不登校も聴き取り対象に拡大)。この事業は、NPO法人「関西こども文化協会」への委託として実施されています(※こども家庭庁「学校外からのアプローチによるいじめ解消の仕組みづくりに向けた手法の開発実証事業」採択事業)。聴き取りを行う際には、まず保護者の意向確認があり、その後子ども本人の意向が確認されて、承諾があった場合に実施されます。支援室が日程調整を行い、子どもの居住地域の近くや希望に合わせて公共施設の会議室等を借りて聴き取りが行われます。NPOからは必ず2名の専門職が入り、子どもと合わせて3名だけで聴き取りが行われ、保護者や市職員は同席しません。初年度の2023年度は、3件の聴き取りが実施され、1回あたり1時間かからないくらいの時間で聴き取りが行われています。1件に対して複数回の聴き取りが行われることもあります。
聴き取りが終わったあとは、子どもの許可の範囲で、NPOから支援室に相談内容の共有がなされます。その内容に応じて、学校・教育委員会と連携して、いじめの早期解消を目指して対応が取られていきます。共有された資料に基づいて、支援室から聴取員に確認を行ったり、保護者に対して子どもの様子を確認する作業が行われます。NPOの専門職は事前に弁護士から聴取方法の研修を受けるなど、スキルを身につけて対応にあたるそうですが、対応を間違えば更に子どもが傷ついてしまうのではないかという懸念を抱きます。現時点での3ケースにおいては、2件のいじめ事案は改善に向かっているということと、3件とも聴取後に子どもたちの状態が悪化するようなことは起きていないそうですが、対応内容の振り返りとともに、スキルの改善・共有、適切なアセスメントも今後の課題だと感じました。
所感
子どもの意見表明権、子どもの意見表明機会の確保は、法的な位置づけをもってまだ間もないながら、今後どのようにこの権利を守り、機会を実現できるかは、重要な視点として取り組まなくてはならないと考えます。堺市の臨床心理士による聴き取り事業は、まだ件数も少なく、仕組みとしては途上にあると捉えましたが、こうした新たな仕組みに挑戦することで、子どもの権利を守る方策を構築していくことは大変重要なことです。
聴き取り調査は前提として、子どもの意見把握ができていない場合に使われる方策であり、限定的な利用を想定されているため、昨年度は3件の実施にとどまっています。事業自体は公表されていますが、保護者や子どもが直接聴き取りを求められるものではなく、支援室が必要性を判断して聴き取りを行うというスキームになっています。一方で、学校や教育委員会、保護者といった、関係者には子どもが本音を言いづらいということも多々あると思います。第三者の関係のない大人で、聴き取りのスキルがある人に自分の考えていることを伝えることで、言語化の作業とそれに伴う自身の思考の構造化が進むことも期待されるのではないかと考えます。そういう視点からは、臨床心理士などの第三者の専門家に、子ども自身が相談し、意見を表明しながら、何が問題で、どうしていきたいかを子ども自身が把握できるような機会の拡充が、今後の取り組みの方向性として重要なのではないかと考えます。
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