2024年4月12日、会派有志メンバーで寝屋川市議会を訪問し、寝屋川市のいじめ対策に関する視察を行いました。危機管理部監察課の職員と教育委員会事務局の職員の方々が、ご説明くださいました。
横浜市では今年3月に、中学2年生のいじめ自死事案が公表され、議会の常任委員会や予算特別委員会において学校や教育委員会の対応の問題が議論されてきました。市会運営員会では「教育行政に対する運営委員会申し入れ」が全会一致で賛成され、市長に提出されています。3月の議会の質疑における答弁では、そして従来のいじめ対策のありかたとしても、教育委員会における対策に終始してきました。しかし、過去にもいじめ重大事態があった横浜市において、今回自死至る重大事態が発生したことは、教育委員会内部での対策では不十分であり、対策のあり方を見直し、市長部局側にもいじめ防止の部署や取り組みを持たせなければならないと考えてきました。教育委員会は首長(市長)から独立した組織とされているため、そこだけを捉えると、首長としては教育委員会における問題(例えばいじめ問題)は、教育委員会で対応することとされてしまいます。でもそれではダメだと考えてきました。寝屋川市では市長部局(市長の指揮監督の下にある部局)である危機管理部に「監察課」を設置し、いじめや人権問題に取り組んでいます。
監察課の設置と条例の制定
寝屋川市のいじめ対策の重要なポイントは、監察課の設置と「寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例」の制定という2つです。いじめは子どもたちの人権侵害問題であるという前提を基に、「いじめゼロ」に向けて、児童等の命と尊厳を守るため、教育委員会とは別の第三者的なアプローチを行うために、2019年10月に危機管理部に監察課が設置されました。
その直後に、市議会に「寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例」(以下条例)提案を行い、議会で様々な議論が行われたうえで、全会一致で条例が可決。2020年1月1日から施行されています。条例の制定によって、市長の権限の明確化などが行われています。
条例の特徴
条例の特徴の1つは、保護者や地域住民の責務が定められ(第5条、第6条)、それぞれに対して、市のいじめ防止施策に協力することや、いじめに関する情報を市に提供することが定められていることが挙げられます。
そして条例の最大のポイントとも言えるのは、市長の権限を明確化している点です。市長の権限としては、調査と是正勧告があります。調査においては、市長はいじめ相談に応じる窓口を設置するとともに(第9条)、何人も市長にいじめ防止の申し申出を行え(第10条)、市長は申出があった場合関係する児童等と保護者、学校や関係機関に対して調査を行うことができるとされています(第11条)。
是正勧告については、学校その他の寝屋川市の機関に対して、(1)児童等に対する見守り、(2)いじめ防止の環境整備、(3)訓告・別室指導その他の懲戒、(4)出席停止、(5)学級替え、(6)転校の相談及び支援、その他必要な措置が講じられるよう勧告することができるとされています(第13条)。
先立って監察課が設置されていますが、条例が制定されたことで市長の権限が明確化されています。
教育的アプローチ・行政的アプローチ(三権分立アプローチ)
以上のことから、寝屋川市においては教育委員会内部でのいじめ対応だけではなく、市長部局による対応が可能となっています。この2つのアプローチについて寝屋川市では、「教育的アプローチ」と「行政的アプローチ」という呼び方で整理しています。
教育的アプローチは従来通りの学校や教育委員会による通常のいじめ対応です。人間関係の再構築を目的とし、いじめている側といじめられている側双方を対象にしています。寝屋川市では99%のいじめ事案が解決してきたものの、人間関係の再構築には長期間を要することや、児童と教職員の問題への対応が困難というデメリットを抱えています。
行政的アプローチは、監査課によるいじめ対応です。人権問題として「いじめの即時停止」を目的として、被害児童・生徒と加害児童・生徒という、加害者、被害者という概念を用いて対応しています。メリットしては、短期間で判断・解決につながり、児童と教職員の問題にも対応し、是正勧告が行える点が挙げられています。人間関係の再構築が困難であるというデメリットがあります。
教育的アプローチと行政的アプローチの両方があることで、双方のデメリットを補いながら、それぞれが必要な役割を果たせることが、いじめの解決における大きな意義となっています。2つのルートがあることで、第三者的視点で対応の不備をチェックし、事後の検証を実施することができます。また、相談者にとっても望む解決方法を選択することが可能となります。
寝屋川市としては、更に「法的アプローチ」も対応策として持つことで、「いじめ対応の三権分立」という表現も用いています。法的アプローチは、まさに司法によるアプローチであり、弁護士や警察、裁判所を通じたアプローチです。責任の追求や損害の回復のために、保護者を警察や法テラス等につなぐところまでは市が支援をし、弁護士への依頼等は保護者自身が行うことになります。市は助成制度をもっていて、弁護士への相談や訴訟に関する費用等を対象に30万円の支援がなされます。過去に1件負担実績がありました。
相談しやすい環境づくり
以上のような制度を構築しながら、寝屋川市では「攻めの情報収集」として、相談しやすく、情報が集まりやすくするために、(1)いじめ通報促進チラシ、(2)メール、(3)いじめフリーダイヤル(電話相談)、(4)市公式アプリ、(5)市公式LINEアカウント、による相談が可能となっています。
特徴的なのが「いじめ通報促進チラシ」で、市立の児童・生徒全員に対して、毎月1回チラシが配布されています。内容としては、監査課に直接手紙が送れるようになっていて、自身へのいじめだけでなく、友達等へのいじめも通報してほしいという内容になっています。毎月チラシが配布されること、いじめ加害者が「通報されるかも」と感じることで、抑止効果も狙っていました。
相談実績としては、2022度については、監察課通報相談件数が151件。相談者の内訳は、被害者本人37件、保護者74件、その他40人。相談手段はチラシ56件、メール・来庁43件、電話42件アプリ9件、LINE1件となっています。2023年度は137件中、相談者内訳は、被害者本人31件、保護者74件、その他32件。手段はチラシ46件、メール・来庁23件、電話49件、アプリ16件、LINE3件となっていました。
いじめ全件解決。1ヶ月で行為停止。
監察課には、課長級1名、係長2名、一般事務職(ケースワーカー)5名、会計年度任用職員1名が配置されています。課を設置した当初は、総務部に特定任期付職員として弁護士が居たため監察課の課長を兼務したそうですが、すでに退職してい、現在弁護士資格所有者を募集しているところでした。
監察課に通報がなされると、直接被害者に監察課の職員が接触し、加害者に指導を行うことになります。学校がいじめを認知した場合は、監察課と情報共有が行われて、監察課が関与するようになります。児童等と接するにあたっては、特に資格は問わずに、ケースワーカーが対応する場合も、係長が対応する場合もあるそうです。ただし、当事者に聞き取りを行う際は保護者にも情報共有や確認を行っているそうです。また保護者から通報を受けた場合は、被害当事者だけでなく、保護者にも考えを聞いて、対応方法を検討するそうです。保護者と情報共有し、意向を確認することで、措置や対応方法を監察課が検討し、また報告することで、他の問題が生じないよう配慮し対応しているとのことでした。
認知したいじめについては、全件解決しているということでした。市で認知したいじめ事案の件数は、2019年度172件、2020年度169件、2021年度183件、2022年度337件、2023年度431件で、全て解決となっています。いじめ行為の停止については、「1ヶ月以内」に行為停止するよう市長から示され、計画上の目標ともされ、実際に1ヶ月以内に行為が停止されているということでした。その後は文部科学省の指針に基づいて、3ヶ月間の見守りを行い、問題なければいじめ終結となり、現在全件解決しているという状況でした。監察課としては、即時に行為を止めることが役割なので、市として1ヶ月ルールが設定されています。
所感
いじめ被害に関するご相談を何度も頂いてきました。私のところに相談が来る段階は、学校にも教育委員会にも相談し続けているが、どちらの対応にも問題がある等で、どうにもならなくて被害児童生徒とその保護者が行き詰まっている場合がほとんどです。その度に、どれだけの当事者、保護者が、相談先がなく、苦しんだまま卒業しているのだろうかと、胸を痛めてきました。
今回寝屋川市のいじめ対策を視察したのは、冒頭のとおりで、横浜市でもいじめ自死事案が発生してしまったことであり、教育委員会や学校が充分な対応をしてこなかったことに起因します。改めて2011年に大津市で起きてしまったいじめ自死事件を調べると、教育委員会が情報を隠蔽してきた問題にぶつかり、現在の横浜市とも重なる問題を感じ、教育委員会だけに任せたいじめ対策の限界を改めて感じてきました。
寝屋川市の取り組みの真髄は、被害当事者と保護者が頼れる先、相談できる先が、もう1つ用意されていることにあると理解しました。横浜市のように学校・教育委員会としかやり取りができないと、情報の格差があり、組織対個人という構図におかれてしまう被害者・保護者は、教育委員会がどのように対応するかどうかにその解決が左右されてしまい、今回の横浜市のいじめ自死事案のようなことになってしまいます。
いじめゼロを掲げた寝屋川市では、2つのアプローチが、別々の権力のもとで存在し、条例によって市長の権限が位置づけられたことで、いじめの見逃しを無くし、対応不足が生じないように制度が作られています。学校が何もしなくても、監察課が対応してくれる。学校が何もしなければ、監察課から調査され学校の問題が明るみになってしまう。この両面の機能があることで、子どもたちを確実に守ろうという寝屋川市の強い意志が、実行されるようになっています。
寝屋川市監察課のウェブサイトを開くと、「監察課は必ず解決します!」というメッセージが最初に目に入ります。いじめ条例の第1条「目的」には、「この条例は、児童等の命と尊厳を守るため、いじめの防止に関し必要な事項を定めることにより、全ての児童等が健やかに成長することができる社会の実現に資することを目的とする。」と示されています。監察課設置に先立つ2019年6月に行われた新市長の所信表明において、いじめ対策の充実に取り組むことが表明された時点では、寝屋川市でいじめ重大事態が1件も発生していませんでした。それでも市長が率先していじめ対策を充実させたのは、子育て環境の改善において、子どもの人権を守ることが重要であるという視点が強かったと言います。
子を持つ親として、公立小中学校に子どもを安心して通わせられるかどうかと考えた際、いじめ問題は必ず頭をよぎるテーマではないかと思います。自分の子どもが被害者にも、加害者にもなってほしくないと考える保護者は多いのではないかと思います。横浜市において子育て施策の充実は大きなテーマとなっていますが、義務教育期間の公教育の果たす役割として、子どもたちと保護者を支える行政機関として、子どもの人権を守り、いじめを防止し、発生しても即座に解決できる都市であるという仕組みを、横浜市でも築いていく必要があります。
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