市民とつくりあげる「全米一住みたい街」。ポートランド視察報告。

2018-04-09 19:09:17 | カテゴリ:活動報告


ポートランド

2018年4月2日、3日と、アメリカのオレゴン州ポートランド市へ視察に訪れました。ポートランド市は、全米で一番住みたい街に選ばれたことがあり、また環境政策に力を注ぎ、環境に優しい都市としても評価されています。

最初にポートランドの開発について伺ったのは、zibaデザイン事務所に勤める山崎満広さん。山崎さんは、以前はポートランド市開発局で働き、その経験を基にした『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』などの著書を執筆されています。現在は独立し、日本においてもコンサルタントとして活躍されています。もう一か所、ポートランドのこれまでの開発について伺ったのは、ポートランド州立大学の「FIRST STOP PORTLAND」のサラ・イアンナローンさん、同大学国際関係プログラムコーディネーターの飯迫八千代さん。そして、ポートランドの住民参加の仕組みとして注目されてきた「ネイバーフッドアソシエーション」については、エマさんと、ビジネスアソシエーション「ノースウィリアムスディストリクト」のコディーさんにお話を伺いました。

ポートランドの取組みについては、書籍や先行研究、レポートも豊富なので、ここでは私が特に重要だと感じたこと、考えたことを書きたいと思います。

歩行者と自転車を優先した交通政策

訪問しての第1印象は、「コペンハーゲンに似ている」でした。以前デンマークのコペンハーゲン市に視察で訪れた際は、街中を路面電車が走り、自転車道が歩道・車道と完全に分離されて、多くの方が自転車で移動されているのが印象的でした。ポートランドのまちづくりで取り上げられる特徴が、歩行者と自転車を優先し、公共交通機関を充実させて、自動車の利用を低減させる政策誘導です。自動車利用を減らすことで、CO2の排出削減につなげています。

人の目線で作られた街並みは、歩きやすさは勿論、自転車道がしっかりと分離されています。横浜でも一部自転車道が設けられていたりしますが、路上駐車した自動車が道を塞いでいたりします。一方ポートランドでは、自転車道を空けて自動車が路上駐車をしていました。自転車の活用は、ニューヨークなどの諸都市において、環境政策や健康政策として注力され、新たな都市の魅力づくりとしても、都市ブランドの向上に寄与してきています。横浜市においても自転車総合計画があり、国においても自転車活用推進計画の策定が進められているところですが、単なる交通手段ではなく、都市計画として自転車をどう活用していくが今後問われますし、積極的な取り組みが重要です。

ポートランド
路駐する車も自転車レーンは空けています

危機からの出発とリーダーの存在

そもそもなぜ、ポートランドが環境政策に注力するようになったかといえば、1960年代には180日間連続で空気汚染勧告が出されるほどの、全米一環境の悪い地域に陥っていたことがあります。当時は造船所で栄えた街でしたが、その分環境悪化が進み、市内を流れるウィラメット川も全米一汚い川と呼ばれていたそうです。また当時はポートランドも自動車のために車道の建設が進められていました。しかしながらダウンタウンは治安が悪くなり、日中は仕事などで人が訪れるものの、商業が成り立ちづらく、人が出歩かない街に。ダウンタウンにもっと人が訪れやすいようにと、フリーウェイの建設が進められましたが、結果的に道路網の発達が、かえってダウンタウンから人を外に出してしまったそうです。

こうした経緯からポートランドが立ち直っていくために、ダウンタウンを、人が歩き、住み、働き、商業が成り立つ場所とするための、そして環境改善を進めるための政策がとられていくことになります。このことがまた、「住みたい街」へつながっていくこととなります。

自分たちの街の課題を、危機を認識した上で、政策の転換を行う。簡単なように見えて、それほど簡単なことでもありません。山崎さんからも、サラさんからも聞かれたのは、ポートランドはリーダーに恵まれたという点です。活動家だった市民が、市議会議員、市長となり、またそのリーダーが、これまでとは異なる政策の選択肢を明確に示すことができたこと。そして、リーダーだけでなく、環境学者や都市デザイナーなど、世界を知る教育水準の高い人たちが、ポートランドの街の未来について、議論を行うことができたことが、ポートランドの幸運だったと言います。

ポートランド
ポートランド州立大学「FIRST STOP PORTLAND」にて

住みやすい街をつくり、リーダー都市へ

こうした経緯から、当時のポートランドではダウンタウンの再生と、環境政策が大きなテーマになります。ダウンタウンに人が集まるように、市街地のミクストユースの取り組みが進み、1階には商業、中層階にはオフィス、高層階には住宅など、生活と仕事、消費が、一つの街の中で行えるようにすることで、人が居る街に変えていきます。60×60mの細かく区切られた街区毎には、「エコディストリクト」という発想で、電力や駐車場の共有が行われ、デザインガイドラインに従って、建物の内外で集える場所づくりが行われています。1階部は窓ガラスにすることを条例で定めていて、人々が街の中にいて、楽しんでいる様子を可視化しています。

土地の使い方についても大きな転換を行っていて、フリーウェイを川の対岸に移設し、元あった場所には大きな緑地を作り出す。ダウタウンの中にあった駐車場は、人々が集い、年間300ものイベントが行われる広場に変えていく。街路は歩道と自転車道、自動車道を分離しつつ、歩道と車道の間には多くの木々を植樹していく。住宅街の航空写真は、まるで緑地の中に家があるかのように見えるほど、緑を重視していく。

こうした取り組みを重ねながら、地域の中に市民が集える場所があることが、コミュニティ意識の醸成にとって、非常に重要であることが理解されていきます。また、「住みやすい街」にしようと様々なプロジェクトが行われていく中で、プロジェクトにおいて多様な人が参加することが、最もいい結果にたどり着くことが分かってきたといいます。今後は「住みやすい街」が誰にとってなのか、住民全体に対してになっているのかどうかが、課題となっているといいます。マイノリティや、新たな住民にとっても住みやすくすることを、重要視して取り組みを進めているのが現状でした。

また、ポートランドのまちづくりにおいて欠かせないのは、「都市成長境界線」です。文字通り、都市開発を行うエリアを限定するもので、無秩序な開発を制限するとともに、農業や自然の保護を行っています。ポートランド市の人口は現在65万人で、都市圏人口は220万人といいますが、今後はこの都市圏人口が100万人増える見込みとされています。境界線を設けながらも100万人もの人口増加を描けているのは、既存の都市部、住宅街で十分吸収できるということと、一部では高層化した建物の建設が進んでいることがあります。この境界線は1979年の導入以来、三十数回の見直しが行われていますが、それでも14%の拡大にとどまっています。一方、農地が守られていることによって、ポートランド市での消費活動においては、ファーマーズマーケットが注目されるなど、地産地消の取り組みが進められています。オーガニックスーパー「ニューシーズンズマーケット」などは、地産地消のスーパーとし人気を博しつつ、売上の一部を農業支援の資金として使われ、生産と販売と消費が協力しあって地域を作っていることがわかります。

サラさんからのお話で印象的だったのは、ポートランドに世界都市のリーダーという位置づけを行っている点です。ポートランドを「実験室」として、これまで行ってきた都市計画や交通計画、環境計画の策定、見直しの成果を、世界中の人々が学びに来て、それぞれの地域に持ち帰る。小さな都市のポートランドが、世界中の都市から注目を集め、人が集まってくることを、現在では意図的に行っているのが分かります。これも1つの都市ブランディングのあり方だと考えます。

開かれた行政と、自ら参加する住民

ポートランドでは市民に開かれた行政運営が重視され、透明性をもった活動が行われているといいます。ポートランドのジョークには、「会議のための会議があり、その会議のための会議が必要」というものがあるほど、様々な人達の意見を反映できる会議が用意されていることが、市民にとってのメリットになっていると考えられています。行政の方針や計画を、一方的に市民に示すようなことは無く、行政や議員は住民の声を聴くところから計画づくりに入るという仕組みになっています。なぜ住民の話を聞くのかと言えば、住民が一番地域のことを知っているからに他なりません。民主主義の手続きにおいて、多くの住民の声を反映することには難しさもあるが、それ以上に意見を出し合っていくプロセスに価値があると考えられています。

ワークショップも重視されていて、60〜70人の市民が参加し、都市デザイナーなどがコーディネートを行い、当該地区の地図にトレーシングペーパーを重ねて、参加した住民が実際に絵を書いていくという手法が取られています。1回のWSで、数十枚の絵が書かれて、それに基づいて計画が作られていくそうです。市民に参加してもらうといっても、偏りが出てしまうのはポートランドでも同じであり、そのための対策として、開催の時間帯や曜日を複数用意したり、仕事帰りの会社員向けとか、子育てママ向けとか、対象者を変えて開催することもあるそうです。こうしたワークショップに、全体で数億円もの費用をかけていると言います。

ポートランドの住民参加の方法として重要なのが、「ネイバーフッドアソシエーション」です。ネイバーフッドアソシエーションは、日本で言うと自治会・町内会に似ていますが、市の公式な組織であることや、個人単位での加入であり、地域の土地利用計画の策定等に携わるといった点から、自治会とは機能や位置づけが大きくことなります。市役所内にはネイバーフッド担当局が置かれ、その下には7つの地域連合あり、95のネイバーフッドアソシエーションが束ねられています。

ネイバーフッドアソシエーションの目的は、「住みやすさ(Livability)の向上」にあります。組織として地域住民の声を、市役所や警察署、消防署などに伝えていく役割があり、地域内でのトラブル対策を話し合うこともあれば、街路灯の設置などの安全面での対策を行うこともあります。ビルが建つとなれば、そのビルが地域内のデザインガイドラインを遵守しているかどうかも、対象となります。予算は市から出ていて、月1回の定例会の他、地域ごとに異なる部会が幾つか設けられていて、部会に分かれた活動も行われています。

ネイバーフッドアソシエーションは会員制であり、自ら望んで参加する組織ですが、引っ越しの多いアメリカでは長く同じ地域に住んでいる人は多くありません。それでも会員になり、参加をする人がいるのは、「文句を言うだけでやらない人は尊敬されない。言う以上は、自ら関わる」というアメリカ人の行動規範・文化が、その背景にあると言います。ネイバーフッドアソシエーション間で、地域課題の解決策について情報共有が行われることもあれば、ネイバーフッドアソシエーションを広域で統括する地域連合が、単位ネイバーフッドアソシエーションに教育活動を行うこともあります。行政の一部と位置づけられていながらも、行政と対峙し闘うこともあるそうですが、こうした情報共有などの地域間での連携が機能することで、より活発な住民による自治が実現されているようでした。また中には、ネイバーフッドアソシエーションのいち会員だった人が、広域組織の地域連合のメンバーになり、最終的に市役所内のネイバーフッド担当局の職員になる、というケースもあるそうで、経験や能力のある人材が、より広く自治活動に携わることが可能になっています。

ネイバーフッドアソシエーション
ネイバーフッドアソシエーションについて街路上でヒアリング

一方、ビジネスアソシエーションは、簡単に言えば商店会と商工会を合わせたような、地域ごとの小規模な組織です。お話を伺った、ノースウィリアムスディストリクトは、3つのネイバーフッドアソシエーションを含むディストリクト(地域)を受け持っているといいます。当該のディストリクトにおいて、中小零細企業や小売店の経営における支援、マーケティングや市の助成金の取得支援、Webサイト構築などの支援を行う組織となっています。単なるコンサルト異なるのは、市の施策を反映して動く組織であるため、会員企業に対しても市の方針などを伝えながら活動を行う点です。運営には市から資金が出ているとともに、支援活動からの収益もあり、また会員組織であるので参加企業から会費を得ています。ノースウィリアムスディストリクト内には、200軒ほどの企業があり、そのうちおよそ100軒が会員になっています。市全体としてではなく、ディストリクト毎に支援を行っているのは、市内の各地域、ディストリクト毎に地域性やビジネスの事情も異なるためです。ネイバーフッドアソシエーションとの協力関係もあり、ネイバーフッドアソシエーションがイベントなどを行う際に、PR活動や資金集めなどで協力することもあると言います。

所感:横浜市政に照らし合わせて

こうして見てくると、ダウンタウンにおけるエコディストリクトや、ネイバーフッドアソシエーション、ビジネスアソシエーションと、細かな単位における取り決めや、協力、自治、参加ができる仕組みが多様に用意されていることが分かります。細かな地域の活動や、市民の参加から、都市計画など市の政策を作り上げていく。時間はかかるものの、そこでかける時間から得られる、市民の声やコンセンサスに重きを置いていく。日本では、例えば流山市の自治基本条例策定時に、ポートランドと同様、様々なターゲット毎に細かく市民向けの会議を設定し、200回以上会議を開催した事例があります。手間も、時間もかかって、なかなか前に進まないという批判もありそうですが、そうした機会を通じて市民の声が積み重なって計画ができていくことで、計画に対する市民の認識も高まり、計画の担い手であるという当事者意識もしっかりと形成されるのではないかと考えます。横浜においては、役所が計画の素案をつくり、市民意見募集を一定期間受け付けて、ハガキやメールで届いた意見の一部を反映する、という手法がほとんどです。私も地域において様々なお声を頂きますが、青葉区の都市計画マスタープラン「青葉区まちづくり指針」を知らない、という自治会役員の方もいらっしゃいます。その方が知らないのが問題なのではなく、仕組みとしてマスタープランが市民のものになっていない、それゆえに地域の方がマスタープランを知らない、というところに課題があると考えています。

環境政策や、交通政策の転換によって、都市像を転換させ、都市ブランディング、都市の魅力向上につなげるというのは、世界の先進都市の潮流とも言えます。ニューヨークにおいても、道路を広場にするなど公共空間の活用における転換が進められてきました。背景には交通渋滞や交通事故の問題と、環境問題への対応があり、まさに車中心の社会から、人中心の社会への転換が、ブルームバーグ市政下において進められてきました。ポートランド同様、自転車道の整備が進められ、合わせて街路の広場化や自転車道の整備による、周辺地域への経済効果などが測定され、実証実験を通じて効果を把握することで、手法の一般化が行われています。公衆衛生学の蓄積から作り出された「アクティブ・デザイン」という手法においては、建物などのデザインによって人の活動を促進するとともに、健康増進をはかりつつ、コミュニケーションを生じやすいデザインを用いることで、地域コミュニティの活性化が目指されていました。デンマークのコペンハーゲンにおいても自転車利用が普及し、過去には大臣がが自転車で登庁していたり、歩道、自転車道、自動車道の分離と、公共交通機関の利用が進められていました。

「21世紀は都市の時代」と言われて久しいですが、373万人の人口を抱える日本最大の基礎自治体横浜市が、1つの都市として国内だけでなく、国外の都市とともに成長し、より魅力のある、住みやすい街になっていくための示唆が、ポートランドにも、その他の都市にもあると考えます。一言で「横浜市」と言っても、港のある横浜と、郊外の横浜では置かれた状況は全く異なりますし、人口が増えている地域と、すでに減少し高齢化が進んでいる地域とでは、全く事情が異なります。そうした中で、横浜市全体で一律の施策を実施していくことに限界がありますし、地域特性に応じた施策を行うための、基準の見直しや予算配分の見直し、政策形成手法を構築する必要があります。一方、そうした多様性を1つの市域に抱えていることがまた、横浜市の長所でもあります。市内各地で実証実験的に様々な施策を展開し、数値など科学的に評価、分析を行い効果を測定し、効果のある施策は市内の他の地域や、市外の他の自治体でも模倣され、展開されていく。模倣するために、各地から横浜市を訪れる人が増え、場合によっては研究対象にもなり、新たな知見が展開、蓄積されていく。

私達がいま参照しているポートランド市は、およそ50年の時間をかけて出来上がった結果であり、またプロセスでもあります。横浜市も2019年をピークに人口減少を迎えます。生産年齢人口は減少し、扶助費は増大していくという課題に向き合わなくてはなりません。横浜市の魅力づくりはこれまでも、もちろん行われてきていますが、残念ながら人口減少を迎えるわけです。こうした状況を乗り越えていくためには、人口の社会増を追求すること、そして働く場所としても横浜市が選んでもらえるようにしていくことに、より一層注力していく必要があります。ポートランドは、住みたい街として選ばれることにより、起業をするために若い人材が集まるようにもなっていて、新たな事業、仕事が創出されています。大学の学位を持つ大人が33%住み(全米平均は28%)、特に24歳〜35歳の年齢層に人気のある都市となっています。

また、市の予算上は義務的経費(人件費、扶助費、公債費)が60%を超えるなか、行政だけでは社会課題、地域課題を解決できないことは自明であり、その対応策を必要としています。「地域の担い手づくり」は様々な局、事業で求められ、行われていますが、上意下達のお願い方式での限界も感じられます。ボトムアップ型の、市民参加による地域自治を活性化するには、それだけの枠組みや、成果が得られる仕組みづくりが欠かせません。逆に市民参加を活性化させられる、横浜市政を担う当事者として市民参加を形作れるかどうかが、今後の横浜市の施策を左右するとも言えるかもしれません。

私達がいま直面している課題に危機感をもち、前例にとらわれることなく、新たな施策を高い目標もって、成果指標を用いながら改善を行い、横浜の伝統でもある「進取の気性」を最大限に発揮することで、都市の価値を高めていく必要があると考えます。

パイオニア・コートハウス・スクウェア
駐車場を広場に変えた「パイオニア・コートハウス・スクウェア」

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