オンライン授業可能な公立不登校特例校。岐阜市立草潤中学校視察。

2022-01-13 00:42:45 | カテゴリ:活動報告


草潤中学校

2022年1月11日、岐阜市立草潤中学校の視察にお邪魔してきました。草潤中学校は、2021年4月に開校した「不登校特例校」。閉校した小学校の校舎を活用し、現在40名の生徒が在学しています。不登校特例校は全国で17校設置されていて、授業時間を一般校の1015時間に対して、770時間に減らすことができ、生徒のニーズに応じた授業を提供することが可能になっています。草潤中学校はその中でも注目を集め、視察の申込みが非常に多い学校で、月に2回の視察日を設けて視察を整理しないと業務に支障が出るほどの状況となっています。

注目される特徴の1つが、登校を前提とせずに、生徒一人ひとりが自分に合った学び方を選択できることです。①タブレットとオンラインを活用して、家庭学習を基本とするパターン、②家庭学習と週に数日の登校を組み合わせるパターン、③毎日登校するパターン、の3つから自分に合ったパターンを選択し、期中にも組み合わせを変更することが出来ます。GIGAスクールで、タブレット・PC端末が1人1台配備されたことを上手に活用している仕組みです。

学校らしくない学校

草潤中学校設立にあたって、「学校らしくない学校」というコンセプトが掲げられています。従来の学校、学校らしい学校は、生徒が学校という仕組みに合わせなくてはいけませんでしたが、それを変えて、学校が一人一人の生徒に合わせるということをコンセプトにしています。上記3パターンの学びの方法の選択と合わせて、体育を含めて全ての授業がオンラインで生配信されています。そのため登校している生徒でも、自分の教室で授業を受けても良いし、校舎内のどこでも好きな場所でオンライン生配信による授業を受けて良いことになっています。服装、持ち物の規定もなく、昼食も校舎内どこで食べてもよく、生徒によっては校長室(草潤中学校では「マネジメントオフィス」という名称)で昼食を食べることもあります。学校行事も定めがないので、卒業式をどうするかについて現在生徒同士で検討を進めているということでした。

また、「担任の先生」も生徒自らが選ぶことができます。今年度は5月に生徒が担任を決めています。一日の終りには「クールダウン」という時間が設けられていて、この時間は担任と一日の自分を見つめ直す時間となっています。そのため、担任が生徒にとって安心できる相手かは重要であり、途中で担任を変えることも可能になっています。期末テストも希望制で、受けなくても評定を受けられ、さらに成績表の作り方も、数値での評定だけでなく、文章の記述のみや、教科ごとにそれぞれの評定方法から選択することもできるようになっています。

20220111_154445

安心して学べる環境

草潤中学校に通っている生徒は、不登校であった子どもたちなので、従来の「学校らしい」環境に抵抗がある生徒も多いと言います。そのため、校内の設備類の雰囲気作りにも丁寧に気を使われていました。黒板は「THE 学校」というイメージの象徴であることから、ホワイトボードが導入されています。机と椅子もよく学校で使われるものとは異なる、オフィスっぽいものが用いられています。マネジメントオフィスやヘルスルームといった教室の呼称も変えている他、学級も1年、2年、3年ではなく、森、川、海という呼称にされていました。生徒は学ぶ場所を選べるだけでなく、1年生でも3年生の授業を受けに行くこともできるので、森川海と呼称することで他学年の授業を受けることへの障壁をなくそうとされていました。

図書室には十六銀行からの寄付をもとに、大型のクッションやテント、ハンモックが置かれ、思い思いに過ごせるようにされているとともに、読書好きでない生徒も来やすいようにと漫画も多く揃えられています。「アゴラ」と呼ばれる部屋(岐阜市の全中学校にある)には、こちらも地域の方から寄贈された180万円相当の大きなソファが置かれて、アクティブルームには運動機器の他に、子どもたちの「昼寝がしたい」というニーズに基づいた仮眠が取れるソファが置かれています。インターネットカフェのような個室ブースも9つ用意されていて、開校当初は利用者が多かったものの、徐々に利用が減少し、訪問した日は利用者がゼロだったそうです。

開校前に、教育委員会の方針を変えてまで校長がこだわったのがトイレ。閉校した小学校を使って草潤中学校が開校しましたが、当初教育委員会はトイレの改修に予算をつけていなかったそうです。校長は、こんな古いトイレでは子どもたちが来ない、と判断し、教育委員会が校舎内の壁のリフォームに充てていた予算1,000万円をトイレ改修費に回して、2階のトイレは最新の装備となり、内装の方針も子どもたちと一緒に決めて、きれいなトイレになっています。生徒たちは、1階、3階のトイレは使わず、2階のきれいなトイレを使っているそうです。

校長からは失敗談も語られました。当初、校長はじめ先生方が、子どもたちの様子を見て回りながら、一人一人に声をかけていたそうです。一人一人のことを気にかけているということを伝えるための行為でしたが、一部の生徒にとってはプレッシャーに感じることであり、それを嫌がり登校できなくなった生徒が出てしまったそうです。草潤中学校の生徒は、1人ででも、友人とでも、どこの部屋ででも過ごすことができますが、先生が生徒に用事がある時に探すのが大変なので、「イマここボード」にどこで勉強しているかを表示することになっています。自分の名札をいる場所に貼るのですが、その上に更に赤いマークを貼ると「話しかけないでほしい」という意思表示代わりになるというルールになっています。この赤いマークは、上記の失敗を活かした改善の結果です。

草潤中学校

開校後の様子

4月に転入学してきた40名の生徒達は、入学前の個別面談から登校スタイルのニーズ把握がされて来ていますが、開校後は毎日登校というニーズが高まっています。12・1月時点での希望は、家庭学習中心2.5%、週数日登校52.5%、毎日登校45.0%だったものが、開校後の4月末時点では、家庭学習中心10.0%、週数日登校22.5%、毎日登校67.5%と、毎日登校を希望する生徒が増えています。また4〜7月の欠席率(家庭でのオンライン除く)は27.1%であり、もともと不登校であった生徒たちが、7割以上出席しているという状況です。生徒たちの登校スタイルの変化や、出席状況は、一人一人の生徒たちのニーズに寄り添い、安心して学べる環境づくりを行なった結果ではないでしょうか。

所感:教育を受ける権利を守る

視察の動機は、完全オンラインでの授業スタイルが選択できるという点でした。生徒たちはタブレット端末を貸与され、オンラインでの家庭学習が可能になっています。GIGAスクール構想では、1人1台端末の配備によって「多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学び」の実現が目指されています。草潤中学校は、特例校という制度によって、不登校生徒という取り残されてきた子ども達が学びを得られる環境を整備した学校であり、かつ、生徒たちに学校が合わせるというスタイルで、学校のあり方自体を子どもたちに最適化しようとしている学校だと言えます。

特例校ということで、授業時間など一般校とは異なる形での学校運営、カリキュラムが可能となっているとはいえ、ICTの活用による、登校や授業を受けることのあり方に対して、従来の学校のあり方に大きな疑問を投げかける重要な契機を生み出した学校だと考えます。学校に登校していても教室ではないどこかで、タブレットから流れる授業の生配信を見ていることと、家で生配信を見ていることと、大きな違いはありません。特例校とはいえ、国語や英語や理科といった教科を学校か家で同じように受けられるというスタイルは、「一般校ではできない」ということでもありません。

「従来の学校」からみれば、異なる点が多く、「特例校だから」と言って別物の扱いをするのは簡単です。でも、全国的に不登校児童生徒数は増加傾向にあり、横浜市の不登校児童生徒数は令和2年度で5,687人にものぼります。社会が変わり、子どもたちや家庭も変わり、その変化に学校と制度自体が対応できずにいることで、取り残される子どもたちが増えてしまっているのではないでしょうか。教育行政はこの現状に、真剣に向き合う必要があります。

憲法第二十六条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定められ、教育基本法の第四条には「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」とあり、教育を受ける権利が定められています。従来型の学校、教育環境では、教育を受ける権利が守られていなかった子どもたち、不登校児童生徒が、タブレット端末やインターネットの活用と、学校のあり方そのものの変化によって、その権利をしっかりと行使できるのであれば、一人一人に最適化した学びの機会が得られるのであれば、あらゆる課題を乗り越えて、その権利を守るべきではないでしょうか。

草潤中学校の取組は新しく、学校教育のあり方そのものを問う学校だと考えます。今後課題も出るかもしれませんが、変化を起こすためには避けられないことかもしれません。「特例校だからできる」ではなく、特例校から生み出される事例、結果を、一般校でも活かせるように、制度のあり方や教育行政を担う人たちの考え方の変化が必要です。大人たちの事情、都合で、制度の不具合を解消せずにいることで、取り残されていく子どもたちが増えていくようなことがあってはいけません。公教育がいま果たすべき役割が何なのかを問いかけ、突きつけているのが、草潤中学校の姿だと考えます。

草潤中学校
登校時にタブレット端末に学生番号を入力すると↓

草潤中学校
職員室のタブレット端末に反映されるシステムが導入されています。

草潤中学校
教室の机と椅子。

草潤中学校
ホワイトボード。

草潤中学校
きれいになった男子トイレ。

草潤中学校
草潤中学校
9つの個室ブース。

草潤中学校
昼寝もできるソファ。

草潤中学校
図書室「1616(いろいろ)」。

草潤中学校
「アゴラ」に置かれた、寄贈されたソファ。

草潤中学校
音楽室。

Comments 2

  1. 小石利絵 より:

    今5年生の娘が2年生の時、「かあちゃん、学校やめるから。」と言ってから、安定して登校することがなくなりました。今日一緒に記事を見て、「学校じゃないみたいだから気持ち悪い!」と言いながらも興味深く見ていました。今年は担任との相性が悪いようで苦しんでいます。「凄い!」と感激していたので、来年見学に参加する予定です。素敵な情報、ありがとうございました。

    • 藤崎浩太郎 より:

      コメントありがとうございます。娘さんにとって学びやすく、過ごしやすい選択になると良いですね。

Post comment