シンガポールの成功要因

2012-04-16 15:27:32 | カテゴリ:活動報告


日本企業の国際展開を阻害する要因は、日本人である。

シンガポール視察2日目は、JETRO、シンガポール日本商工会議所、CLAIR(財団法人自治体国際化協会)、クロスコープシンガポールを訪れました。2日目は全て、現地の日本人にヒアリングを行いました。そして冒頭に記載した言葉は、ある日本企業の人が発言したものとして聞いた言葉です。

今回のシンガポール視察では、シンガポールが如何に合理的に考え、政治がリーダシップを発揮しているか、ということを何度も耳にします。シンガポールは独立の前から含めて50年間で毎年平均7.8%成長。2000年代でも5%を超える成長率。直近の20年間でも名目GDPが4.3倍に成長しているといいます。シンガポールは働きやすい国としても世界トップクラスであり、低い法人税などによる外資系企業の誘致や、相続税を設けないことなどにより世界の富裕層を集めることに成功をしています。とにかく沢山の優秀な企業や人材、富裕層に集まってもらい、税率は低くても大きなお金を動かし、経済を発展させようとしている国です。シンガポールの成功要因は3つあるという説明を聞きました。1つは政治のリーダーシップ、1つは優秀な官僚主義、もう1つは経済政策です。

政治のリーダシップ

この「政治のリーダシップ」は政治家というよりは、首相のリーダーシップです。シンガポールの初代首相、リー・クアンユーは「シンガポールが、今もそうであるが、かつて如何に脆弱であり、我々を取り巻いていた数々の危険、その中で成功することが如何に至難なことであったかという点を国民は理解するべきである」という言葉を、何度も発言していると言います。シンガポールの意思決定では、とにかく他国の歴史や政策をよく研究し、シンガポールに落とし込む作業を行っているなという印象を持ちました。例えば、都市国家。これまでの歴史上都市国家はいくつも存在し、反映した国もあったものの、現在でも生き残っている国はないと。また民主主義についても、西洋文化の素地が無ければ民主主義は成立しないし、どの国も経済発展の後に民主主義があり、民主主義によって経済が発展することは無い、という分析をしてきています。

1965年の独立以来、こういった考えに基づき、独裁的で、言論統制もしかれ、結社の自由も無いなど、日本では考えられない政治制度の下で、著しい経済成長を遂げていきます。とはいえ、政治・行政の汚職は徹底的に排除する取組みも行われ、「腐敗認識指数」では世界トップレベルの清廉さ維持しています(2009年では3位。日本は17位。)。上述の「働きやすい国」を実現するために、シンガポールではアジア諸国では横行する贈収賄を排除してきました。その方法は「疑わしきは罰する」であり、「賄賂提供者の逮捕」です。何もしていなかったことを証明することは非常に難しいので、贈収賄をしないどころか、リスク回避のために誤解されるような行為もとられなくなります。また賄賂を提供されたら、拒否をするとともに逮捕しなければならないので、簡単には賄賂を提供することができません。

一方脆弱性を克服するために、唯一の資源として人材育成に注力したり、外資を積極的に受け入れたりしてきています。日本の政治制度や欧米の政治制度とは異なる体制を築き、政治体制としては一線を画していますが、働きやすい国であり、腐敗も少なく、何より経済を発展させている。自国の弱みを認識し、長期的な戦略を描いてきた、首相のリーダーシップあってのことと言えます。

優秀な官僚主義

シンガポールはエリート主義の強い国でもあります。幼稚園から競争が始まり、小学校4年生でエリートコースに乗れるか乗れないかがほぼ決定してしまいます。良い中学校、良い高校、そして良い大学(国立大学)に入り、その中でも優秀な人だけが官僚になれます。そして優秀な官僚の中から、政治家の候補が選抜されます。官僚は厳しい競争下で優秀な成績を収めなければなりませんが、そのインセンティブは高い給料です。30代の前半では2000万円以上の給料を手にし、44〜45歳で国策企業に転出すると、1億円を超える収入になります。こうしたエリートが政府内外でリーダーシップを発揮し、経済を発展させています。シンガポール政府が採用する、リーダー資質の見極め方法に、「ヘリコプター資質」という物事を俯瞰的に捉える能力があります。⑴分析力、⑵何をできるか見極める力、⑶創造力、の3つを含みます。リーマンショック直後にシンガポールでは、シンガポール人を一定数雇用している企業には、4半期毎に給与の一部を政府が負担する施策を実施していますが、こうした突然の変化に対して即応できるのは「ヘリコプター資質」によるものでしょう。

また、シンガポール政府がこれまでに大きな失敗政策を行っていないという指摘もありました。官僚が優秀だから、という指摘はもちろんありましたが、もう1つ重要な指摘がありました。官僚は非常に高い給料をもらっている訳ですが、一方でボーナスは変動制になっています。その変動の根拠が、GDPです。すなわち、国を成長させられればボーナスが増え、停滞させれば減少する。日本の様に、決められたルールに従ってボーナスが出るというわけでは無いのです。当然と言えば当然のことですよね。

経済政策

経済政策で特徴的なのは、⑴外資の呼び込み、⑵国策会社の存在、の2点が重要です。シンガポールの法人税は17%であり、日本の約40%、中国25%、韓国約24%などと比較しても、低い水準になっています。また、輸出額が多いとか、研究開発を行っているとか、様々な税率低減措置もとられ、場合によっては法人税が10%を下回ることもあるそうです。その結果、多くの外資系企業がアジア統括の拠点をシンガポールに配置するようになっています。日本企業は、商工会議所に加盟している数で740社。加盟していない企業を含めると1,200とも、数倍とも指摘されています。シンガポールで国籍を取得するには、年齢や所得が重要な審査対象で、40代までの高所得者でないと認められないといいます。自国経済に寄与する外国人は歓迎するが、寄与しない人は必要ない。狭い国土で、資源の無い中で、人材こそ資源という認識から、合理的に審査が行われています。

シンガポールの国策会社(GLC:Government Linked Company)は、もともと公共機関だった組織を民営化したものです。民営化の1つの例はチャンギ空港です。チャンギ空港は現在、世界で16程度の空港を運営を行っています。自国の空港運営において経験を積み、民営化し、そのノウハウを海外に販売する。他にも港湾運営のノウハウを海外で展開する企業もあるそうです。シンガポール政府の経済政策の取組みは、大きな外資に来てもらうと同時に、自国企業を海外展開させることにも力点を置いています。

上記では、外資とか国策とか、大きな企業ばかりに触れましたが、もちろんシンガポールにも中小企業があります。中小企業の支援策と言えば、横浜市経済局もそうであるように、融資や補助金による支援が中心となっています。シンガポールでも中小企業支援として補助金が用意されていますが、「生産性」に重きを置いた策となっています。企業を成長させるためには、生産性の向上が重要であり、そのために必要なコストを負担する。生産性を向上させるためには、人材への投資が必要であり、研修などの費用を負担する。また、研修を行う事によって業務にあたる人材が一時的に不足するのであれば、その穴埋めに必要なコストを負担する。その代わり、生産性の向上を果たせなければ、補助は打ち切りになります。また、この生産性については労使間でも認識が共有され、「この生産性では賃金を上げられない」という発言が、労働組合側から出てくると言います。

人材の育成・確保

ここまで、政治、官僚、経済が成功の要因という面からレポートを行ってきましたが、「人づくりに成功したのがシンガポールの最大の成功要因」という指摘もなされました。結局は3要因を支えるのは、全てが人であると。シンガポールでは1つには幼稚園から始まるエリート教育・競争という国内での人材育成と、もう1つには大きな企業と高い給与による周辺国からの優秀な人材の流入という、2つの面での人材育成・確保が行われています。小学校では語学教育(英語と母国語の2カ国語を習う)と数学に重点が置かれます。この実学主義な教育環境のもと、小学校5年生に進級する際に、この語学と数学の成績に基づき3ランクに分けられ、トップのランクに入れなければ、レベルの高い中学校に進学できず、その結果、良い大学に入るのが困難になります。小5で人生が大きく決まってしまうというのです。こうして競争に晒されながらも、国立大学に進学したり、海外の有名大学に国費で留学したような優秀な人材が国家を支える事になります。

また一方では、国籍取得の件でも触れましたが、国外の優秀な人材を確保する事にも熱心です。周辺国よりも給与水準が高いので、同じ仕事でもシンガポールの方が稼げるため、優秀な人材が集まります。シンガポールの出生率も低く、1.2%となっています。そうした中で優秀な「国民」を増やすために、国籍取得は容易ではありません。たとえシンガポール人結婚したとしても、所得が低いと国籍取得は容易ではないと言います。その一方で、優秀な人材が国外に流出するという課題もあります。英語ができて、高い教育を受けていると世界で戦えるので、国費で留学しても帰って来なくなるケースがあり、社会問題にもなっているといいます。

海外からの人材確保も問題を抱えていて、2011年には選挙で与党が議席を減らしたことを受け、外国人のビザ発給の制限が行われ始めたそうです。1つには外国人がシンガポール人の雇用を奪っているのではないかということ、もう1つには最低賃金の無い単純労働者が周辺国(マレーシアやインドネシア)より流入することで、シンガポール人の給与水準を引き下げているのではないか、という国民からの声によります。

まとめと日本の課題

今回お話を伺った方々からは、日本「人」に対する大きな危機感が伝わってきました。冒頭の「日本企業の国際展開を阻害する要因は、日本人である。」という言葉の意味は、1つは国際展開を反対するのは日本の本社に勤務する日本人であり、もう1つには日本人を海外の事業所に配置しようとしてもふさわしい人材を見つけられない、という2つの側面を持ちます。日本企業は過去の成功体験に縛られているという指摘もありました。行政に対しては、他国や他自治体の研究を熱心に行っているが、実行に至らないという指摘もなされました。

シンガポールは一党独裁状態にあります。日本の政治体制とは仕組みが異なりますので、一概には比較できないとはいえ、①政治の強いリーダーシップと、それに伴う迅速な意思決定力があり、②1971年に発表された長期計画(コンセプトプラン)の維持と、見直しが継続的に行われていること、③他政府の事例等を学びながら、良いところと課題を抽出し、シンガポールに合った形に組み換え実行すること。この3つの力がシンガポールと日本の差なのではないかと、感じました。

シンガポールでは今でも国をより豊かにするために、開発も行われています。近年ではマリーナベイサンズという複合型リゾート施設も注目を集めましたが、2012年中にはガーデンズ・バイ・ザ・ベイという大型の植物園も誕生する予定です。オフィス街のビルも、築10年程度でも建て替えられることもあると言います。小さな、資源の無い国が生き残り、成長し続けるために、走り続けています。上海での英語教育視察でも感じたことです。より良くなろうと、走り続けていました。

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